千寿の楽しい歴史
kusennjyu.exblog.jp
ブログトップ
2010三池往還(荒尾市1)千寿の楽しい歴史
三池往還(荒尾市1)   

平成22年9月16日取材  晴れ

a0137997_1410647.jpg



肥後国之図   豊前街道と三池往還

a0137997_14115444.jpg


正保年間以降

地図の中の地名等は熊本城を中心に記入されています。


a0137997_14175241.jpga0137997_14191151.jpg

地図内をクリックすると拡大します。

金山天満宮

a0137997_14253234.jpga0137997_14254574.jpg


金山公民館と国道を横切る店前から三池往還の北方面を撮る。

a0137997_1427373.jpga0137997_14274866.jpg


のばらさん 10月15日   野原八幡宮大祭
a0137997_1428502.jpga0137997_1443068.jpg


のばらさんは、風流楽(ふりゅうがく)と節頭馬の奉納で知られています。
また県下ではひち月早い七五三参りで人気があり賑わっています。(子供の最初の七五三にお参りしました。)

祭りの当日は飾りを付けた節頭馬が「ヘーロイ、 ハーロイ」の威勢のいい掛け声とともに登場します。続いて風流楽の奉納です。

伝統を受け継ぎ、すべて和紙で作られた「獅子(しし)」の頭(かしら)を付けた稚児2人が、歌い手・笛組みと呼ばれる古老たちの奏でる歌・笛に合わせて優雅な舞を行います。
中世の頃から伝わっている民族芸能の流れをくむものです。 (県指定重要無形民俗文化財)

荘園野原荘の登場

平安時代になると律令体制は次第に崩れ、力のある寺院・神社、貴族たちは、奴隷を使って新しく開墾した土地を私有するようになりました。

地方の豪族たちも、国司の支配を逃れるために、自分の領地を有力者の荘園として寄進し、自分はその荘官となることで庇護を受けました。
荘園の主である領家はさらに力のある人を本家といただいて寄進の形をとることがありました。

荒尾地方もいつからか弥勒寺を領家とした荘園となり、野原荘と呼ばれるようになっていました。

野原八幡宮の建立

荘園では、その領家や本家が、支配の精神的よりどころとして、最も信仰する神を祀るのが習わしでした。
やがて、野原荘にも弥勒寺の末社として野原八幡宮が建てられました。

by kusennjyu | 2010-09-21 14:20 | 三池街道 |Topに戻る