大円寺と筑後路の古刹めぐり 11月22日 雨がやみ、太陽が出てきました。 星野村
大円寺
八女市星野村大字土穴にある曹洞宗寺院。
寺伝によれば奈良時代の神亀2(725)年の創建と伝え、はじめ律宗であったという。
その後成実宗から真言宗となり、鎌倉時代の弘安2(1279)年の
寒厳義尹(いん)=肥後川尻大慈寺開山=によって曹洞宗寺院になったという。
江戸時代の寛永6(1629)年、一国一寺を定めた曹洞宗の宗禄御定により、久留米千光寺の末寺となった。
南北朝の内乱期に征西大将軍懐良親王が将軍職を良成親王に譲った後、南朝天授3(1377)年に星野の山中に隠退し、本寺に入って晩年を送り、弘和3(1383)年にこの地で薨去、寺の北方大明神山に葬られたとする伝承を持つが、近年その伝承がほぼ間違いないことが実証されている(佐々木四十臣「征西大軍宮懐良親王御墓所伝承地考」 懐良親王顕彰会 『会報』 14号平成11年3月)。
本尊は十一面観世音菩薩。寺宝には江戸時代の天和2(1682)年、懐良親王 300忌の法要に際して、矢部の五条家(懐良親王側近五条頼元の子孫)から献納された「福田袋」(ふくでんえ、一名二十五条の袈裟)というものがある。
三池史談会の大城美知地信先生の歴史探訪資料より。
石碑 外(左)と内(右)
もみじ(塀の外と内)
三池史談会の皆様にお礼申し上げます。山川パーキングで降り午後5時過ぎに自宅に帰りました。