伝統的工芸品 八女福島仏壇の出来るまで
平成26年3月1日に八女ぼんぼりまつりで撮影とパンフレットにより紹介します
製法
彫刻加工(8工程)、金具加工(毛彫13工程、地彫8工程)、塗装 加工(膠下地塗26工程)、堅地塗33工程)、蒔絵加工(8工程)と総組立てに分けられ、全工程数は80工程余りにのぼる。
木地、宮殿、彫刻の木工部分の一部を除いて、手加工による伝統技法が継承されている。
①木地造り
②宮殿造り
③彫刻
④金具
⑤漆塗
⑥金箔押し
⑦蒔絵
⑧組立
八女福島仏壇の由来
八女地方は古くから信仰心の強い土地柄で、地域内には奈良時代建立の大円寺、行基建立と云われる光明寺、その末寺の上妻(八女)の七福寺といわれる寺々がある。
しかも、江戸時代に入ってキリシタン禁制が法制化され、このような背景の中から仏壇造りが始まった見られている。
八女福島仏壇の創製んは次のような逸話が残されている。
江戸時代の後期の文政4(1821)年、指物大工の遠渡三作がある夜、荘厳華麗な仏閣の夢を見て思い立ち、同業者だった井上利久平、平井三作の両名に協力を求めて仏壇製造を志したというもの。
しかし、製造技術が確立されたのはもう少し後の寛永年間(1850年頃)で、これが九州での仏壇製造の源流となっておる。
江戸時代の末期には仕上師18人、金具師7人、仏師7人、檜物(木地)師10人を数えるほどに発展した。
明治15(1882)年には旧・福島町(現・八女市)を中心にして、囲い、彫刻、宮殿、仕上げの4組合が組織され、今日の発展の基礎を築いた。
名称の由来
現・八女市(旧・福島町)を中心に作られてきたための産地名を冠したものである。
作業中の風景 3月1日
八女福島仏壇
一工程を修行するにも5年くらいかかると言われました。何人もの手によって、見事な仏壇が作られていることを知って、感心しました。
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