千寿の楽しい歴史
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2017年 08月 03日 ( 1 )
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2017城道遺跡(弥生時代)・千寿の楽しい歴史
城道遺跡(じょうみちいせき)高田町舞鶴 弥生時代  

みやま市史資料編上巻(発行・平成29年3月)

P235より

みやま市教育委員会発行


城道遺跡は、みやま市高田町舞鶴字城道に所在する中細形銅剣出土推定値です。中細形銅剣は平成7(1995)年、高田町教育委員会に高田町大字舞鶴在住の故野林一美より持ち込まれました。野林によると、昭和25(1950)年頃に野林一美の父、羊郎が飯江川上流の井堰付近河原にて土石を再集中に発見し、家に持ち帰り大切に保管していたとのことで、出土地点は聞き取りにより三池郡高田町大字の舞鶴字城道飯の飯江川上流付近であることがわかりました。詳細な場所は特定できず、銅剣そのものも上流から流されてきた可能性がありますが、出土場所から城道遺跡としました。城道遺跡の周辺は銅剣発見当時に遺跡の分布はあまり確認されていませんでしたが、遺跡南側に緩やかに延びる丘陵地にある日当川遺跡では、弥生時代の石斧が出土しており、また近年、竹飯馬見塚遺跡と原町西小路遺跡で縄文時代・古墳時代の遺跡が発見されています。さらに、飯江川に沿った西方2kmほど下流の北側に位置する広大な扇状地である竹飯遺跡群では、甕棺墓を検出した犬ノ馬場遺跡、堺遺跡など遺構密度が高い弥生~古代の遺跡があります。

中細形銅剣は鎬 (しのぎ)が刳方(くりかた)までしか伸びず、刳方の一部が破損し、表面には部分的に黒色の錆が付着しています(図1・2)。現存長38.3cmのうち茎(なかご)部分は2.3cm、剣身長は36cmを測ります。刳方下端、突起部はそれぞれ関(まち)から8.2cm、12.9cmの位置にあります。脊は元部で1.3cmを測り、厚さも元部では1.1cmとなります。身幅は、関部で3.3cm、刳方下端は復元値4.6cm、突起部は3.6cmを測ります。剣身部の刃部研ぎ出しについては後世に再度研がれた痕跡があります。関は明確に直線をなさず、わずかに斜め方向に茎へ移行します。茎は少し扁平気味です。色調は全体的に緑青色を呈します。銅質は良く安定し保存状態は良好です。重量276gを測ります(文献1)。

銅剣は北部九州における弥生時代の「クニ」の成立と展開を考える上で重要な位置を占めるものです。出土例が少ない中細形銅剣が福岡県南端域で発見されたことは、北部九州の青銅器を考察していく上で極めて貴重なものです。

銅剣は平成8(1996)」年に野林一美から高田町へ寄贈され、同年2月1日に高田町指定文化財(現みやま市指定文化財)となりました。

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銅剣の名称

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続きます。







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by kusennjyu | 2017-08-03 20:27 | みやま市の歴史 | Comments(0) |Topに戻る