千寿の楽しい歴史
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2017息子夫婦の結婚式・千寿の楽しい歴史
息子夫婦の結婚式

2017年5月21日

ブルージュエルテラスに於いて(北九州市)

式の前

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結婚式

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記念写真

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披露宴


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続きます。







みやまいいまち会  http://blog.goo.ne.jp/8350018    

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梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

みやま市観光協会公式WEB3,51);">梅野家庭園  4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

梅野家歴史2(傘寿を迎えて・梅野茂芳著者)・千寿の楽しい歴史   白蓮さんの写真が載っています。

青輝園   御座敷梅ユリ展

私の目標   皆さんに感謝します。


# by kusennjyu | 2017-05-24 20:30 | 表彰・お祝い | Comments(0) |Topに戻る
2017名勝立花氏庭園大廣間の壁紙の張り替え・千寿の楽しい歴史
名勝立花氏庭園大廣間の壁紙の張り替え

平成29年5月19日午後2時~

2017年度立花家史料館文化講座より。

1・旧壁紙の撤去  

平成28年8月本紙を外す。
  
下張りの古文書はなかった。明治43年、襖屋さんが集めた保護紙を使っていた。

2・組子の修理 

補修及び新規作成する。

骨組に黒い枠(漆を塗る)を四方に廻している。

京都で作ったものである。四分一は再使用出来ない。

3・新規壁紙本紙の作成

手漉き和紙  福井県の業者が作る。襖大の大きい和紙を業者がいない。

金銀2色の文様刷り
 旧:真鍮(亜鉛+銅)による金色と誾→緑がかった褐色と黒色に変色する。
 新:酸化チタン系の顔料 30年は変色しない。

①骨縛り 

組子の暴れと型くずれを防ぐ。
    
厚めの楮紙(水分により伸びる)+骨のみで接着するので濃いめの糊。

②胴張り 

色紙により骨が透けて見えるのを防ぐ。

緑色の名塩和紙(雁皮に泥土をまぜた和紙):虫害・変色につよく、燃え難い+紙と紙を貼りあわせるので、全面に糊。

③田の字蓑  

緩衝ととなる空気層をつくる。

少し濃いめの糊を、田の字につける。

堅くすれば、ずれができてくるので、空気層をつくる。

④簑縛り 

押さえつけて、壁面化させる。

⑤浮け 

通気のための層をつくる。下地のアクを通さない。

⑥浮け(二重浮け)

⑦浮け縛り
 

茶色の機械楮和紙(混入物がない、のびが少ない)

下に透けない、皺がでない。

4・大廣間の本紙上張りの現場見学。

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責任者の困難なことについての話では、欄間の下の細長い部分は、一枚貼っては脚立を移動する。
一ケ所に7枚重ねて貼るので、それを2・3千回移動して本紙を貼ることになる。


有難うございました。







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# by kusennjyu | 2017-05-20 15:18 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策 | Comments(0) |Topに戻る
2017田中道(久留米市大善寺~札の辻まで)を訪ねて・千寿の楽しい歴史
田中道(久留米市大善寺~札の辻まで)を訪ねて

平成29年5月8日(月)午前9時~

金子俊彦氏と久保田毅で大川市からの3人の女性を案内する。

文章は「筑後国主 田中吉政・忠政とその時代」からの借用です。

県道23号の田川の追分から北東に走る「田中道」 

主要地方道久留米柳川線(県道23号)沿いの久留米市三潴町田川8-2の吉村医院の前の追分から北東に進路をとり、三潴町大字田川の集落を貫け、三潴町大字早津崎の富松商店の前の通りを経て、久留米市大善寺町夜明と早津崎の集落境通りを北上し、大善寺南一丁目22の大淵歯科医院前で県道23号線に再び合流するのが「田中道」です。

「上野町宿」 久留米市上野町

田中吉政の筑後藩(柳川藩)時代から久留米柳川往還(田中道)筋の宿駅(人馬継ぎ立て)として開かれました。また、古くから大善寺玉垂宮の門前町として繁栄しました。

元和6(1620)年からは、有馬久留米藩の夜明組に所属。村高は「元禄図絵図」では、「上野町馬次十八石」、「天保郷帳」は「十八石余」でした。

大善寺玉垂宮  久留米市大善寺

天武天皇元(672)年創建の寺院を起源とする「大善寺玉垂宮」は、筑後国一宮であった高良大社’(久留米市)と並ぶ社寺勢力であった。

筑後国主田中吉政が寄進した慶長9(1604)年銘の鐘が知られていますが、現存しません。鐘の銘文は、「大施主田中筑後守橘朝臣四位吉政、生国江州浅井郡宮部縣子也」と記されていました。

「宮部縣」を「宮部村」と考えれば、浅井郡三川村(現在の東浅井郡虎姫町三川)の南東に説する浅井郡宮部村(現在の東浅井郡虎姫町宮部)が田中吉政の出生地と考えることができます。

二代目忠政が寄進した石の大鳥居は、今も参道に置かれ、元和4(1618)年の銘が見られます。

毎年正月7日に追儺祭の神事が行われる火祭り「鬼夜」は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

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大善寺玉垂宮の東の集落「宮本」を北上する「田中道」 久留米市大善寺町宮本

柳川から久留米へ向かう県道23号線の傘橋(唐傘橋)から右折し、広川に架かる大橋を渡ると、大善寺玉垂宮の東の集落「大善寺町宮本」に入ります。この「宮本」集落を貫いて北上するのが「田中道」です。この道は、再び県道23号線の西鉄「御塚」バス亭で合流します。

目安町一里塚 久留米市安武町

通りの東側に松が、西側には榎が植えられていましたが、現在は榎だけを見ることができます。

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安武八幡宮の田中神社 久留米市安武本637

柳川から「田中道」を久留米へ向かって歩いて行くと、久留米市安武町に「目安町の一里塚」があります。この地点から「田中道」を久留米へ向かって150mほど進み、左折して200mほど行くと、右側に「目安町祖廟」(共同納骨堂)があります。

ここに、かつて目安町(現在の安武町)の住人が祀る「田中神社」があったのです。

大正4(1915)年、祖廟から2km離れた安武八幡神社(安武本67)の本殿に合祀しました。

毎年12月18日、目安町の座元の衆(120軒を8班に分け、8年に一回当番)が「田中吉政公祭」を挙行しています。

宮司によると神事のあと、直会で親睦を深めます。

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津福八幡宮の田中神社  久留米市津福今町

「津福町」は、慶長7(1602)年に筑後国主田中吉政がつくった「田中道」(久留米柳川往還)筋に、翌慶長8(1603)年に町立てされました。

現在の津福町北部にある津福八幡神社の境内に「田中神社」と呼ばれる祠がありますが、元は現在の西鉄天神大牟田線の津福駅付近にありました。しかし、駅工事の際に現在地に移したのです。

現在の石祠は平成7(1995)年に再建されたものです。敷地内に以前の石祠石材が残されており、「天保十二年 丑十月吉日」の銘が見られます。

筑後領主田中吉政を祭神とする「田中神社祭」が、毎年4月18日に催されます。

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県道23号の津福本町の追分から北西に走る「田中道」(久留米市津福本町~梅満町~本町7丁目)

県道23号沿いの久留米市津福本町1860の小林歯科の前の追分から北西に進路をとり、湯ノ尻川に架かる「女橋」と金丸川に架かる「男橋」を渡って津福本町の集落を貫けると、「田中道」は、梅満町の集落に入ります。そして、この道は、鳥飼小学校の前通りを経て、津福本町7丁目のところで、再び県道23号線に合流します。

県道23号の津福本町の追分から北西に走る「田中道」

久留米城下札の辻 

「久留米城下札の辻」は、三本松通りと通町通りが交差する地点に置かれました。

「札の辻」には、制札場(高札場)であり、「久留米城下札の辻」は、有馬久留米藩領野街道の起点でありました。


終ります。





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梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

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# by kusennjyu | 2017-05-20 08:14 | 田中道 | Comments(0) |Topに戻る