千寿の楽しい歴史
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ひまわり(大牟田市健老町)千寿の楽しい日々
ひまわり

27日にひまわりフェスターが開幕し、28日に行きました。

5ヘクタールに百万本以上の花が咲き誇っています。
秋風に揺れ、黄色いジュウタンのように地面を覆います。

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沢山の人に楽しんでもらい、まちの活性化につながるように行われ、新たな観光名所として定着しつつあります。
家族つれやカップルは、ひまわりの中で写真を撮っています。



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天気の時は、西に雲仙の普賢岳、少し北よりに多良岳が、北は黒崎山が遠望できます。
海の中には人工島(初島)がみえます。有明炭鉱は閉鉱になりました。

交通アクセスは国道209号線の日出町信号を海側に曲がり、約500M西進します。
有明沿岸道路は健老で下り、一般道路のT字路を海側に曲がります。

フェスターは10月中旬まで開かれます。外のひまわりは終わりましたが、
14日には観光協会60周年記念ウオーク「九州新幹線レールウオークと秋の
ひまわり畑を歩こう」があります。
来て見てんね。 ひまわりの中を歩いてんね。070.gif  017.gif  003.gif

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by kusennjyu | 2009-09-29 11:18 | | Comments(0) |Topに戻る
2009神事(みやま市高田町田尻の森山神社)千寿の楽しい歴史
森山神社神事の座元決め 

みやま市高田町田尻

午後1時に組の総代さんの家に集まり、習字紙を小さく(3cm・2cm)切り、
自分の名前を書いて丸めてお盆の中に入れる。
全部で12個を御幣でなぞって麻(お)に、静電気作用により吸い取られた紙が座元になる。
総代さんがしたが、なかなか付かず、他の人に代わり5分ぐらいかかりました。

Fさんに決まり、今年の座元宅に呼ばれ10月17日に婿せっとの招待があり
炊き出しから神事が終わるまでをつとめます。
来年は中心になり、私たちを指導してやらなければならず、覚えてためである。

神事は来年の10月17日である。5~7日前に旗を立てる。16日夕方、かまど神事。
婿せっとさんは、17日早朝、有明海(大牟田市黒埼)まで行き、御潮取りをしてきます。
数年前までは、黒崎の山本さん宅で、ご馳走にお神酒をよばれて帰っていました。

17日は午前3時頃、男だけ集合して、御飯焚きを行う。日の出前にお宮の本殿にこもり、
強飯を区の世帯分(約145個)にぎる。

午前8時に女が集まり、神事の料理(書付がある)を作り、昼の食事を全員で取る。
男は太い注連縄(中央の太さ20cm位・長さ5M位)と小さい注連縄(長さ20M位)と
竹を切り、玄関に立てる男竹と御幣を作る女竹などを用意する。
準備が終わり、昼食まで鐘と大太鼓の練習を行う。私はできないので、見てるだけです。

神主さんは御幣・玉串などをこしらえる。
神主さんは田尻さんです。(大牟田市駛馬神社の神主)

午後1時頃から、鐘と太鼓を打ち鳴らしながら行列をつくり、山の森山宮まで行きます。
800M位と思うが、坂道と階段を登りますので、重く大変です。私は担ぎ役です。
若い者が少ない組は、最近になり軽トラックの後ろに鐘と太鼓を載せていくそうです。

神社で神事を行い、食事の前に3段重ねの大きな杯に下の重箱に零れるまで注ぎ、(約6合)
本当は婿せっとが1人で飲むのですが、できないときは、皆で加勢をします。
ご馳走を車座になり、いただき、山を降りるまでには、1升ビンをあげてしまって帰ります。

神事が終わり婿せっとに御幣を背中にかるわせて返します。
組のものは、旗をかたずけ、強飯を各組(10組)に配り、夕方に道具渡しをします。

森山神社(高田町田尻)
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寿永(1182)「田尻系図」(田尻家文書)では大蔵春実より8代目の種成に5人の子があり、長男種直が原田氏を継ぎ、次男種雄が秋月氏、三男実種が田尻氏を、四男種良が江上氏を五男五郎が高橋氏の祖となった。

戦国時代の九州の武将、大蔵党一族と呼ばれ活躍した。田尻初代の実種は平安時代の末期頃に筑前国から筑後国三池庄田尻邑(高田町田尻)に移り住み田尻三郎と称したのが始まりで森山宮を勧請し、代々田尻家の氏神と尊崇したとある。

天文17年(1548)田尻親種は鷹尾城(柳川市大和町鷹ノ尾)に移る。

後年、田尻の一族は、郷土の豪族となり数箇所に城を構え、大友に従っては竜造寺と戦い、竜造寺に従っては肥後の豪族と戦った。

祭神は、春日大神、住吉大神、健連魂神である。

居城とした田尻山の飛塚城(ひずかじょう)跡は昭和8年に開墾されみかん畑となっている。森山神社は城跡の下の北西の中腹に鎮座し桜咲く春に例祭が行われている。

田尻は本座(森山宮)・大神宮さん(お伊勢さん)・天満宮と社日さん(春秋)が回り、
2から3年に1回は、何かの神事が組に回って来てお世話します。
しかし、本座(森山宮)が一番出る日が多く1軒から2人でますから、勤め人は苦労します。
他は1日で1人又は親睦会を兼ねる時は2人と決めています。組により違います。


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by kusennjyu | 2009-09-27 15:54 | 田尻氏の郷の散策 | Comments(2) |Topに戻る
田舎の風景(千寿の楽しい日々)
田舎の風景

午前4時30分から歩きました。南の天空には星が輝き、気持ちがゆったりします。
明るくなって珍しいものを発見しましたので、写真を撮ってきました。

田舎の風景として紹介します。

ロタリーレーキ
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 トラクターに連結されたワラ寄せ機  8組を取り付け、これを回転させてワラを1列に寄せます。
 1組に鉄心棒5本か6本で出来ています。 写真のようにきれいに1列に並べられます。

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トラクターに連結されたワラ梱包機  size="5"> 梱包機の拡大

 名前はパワーロールベーラと言います。  ロール状に梱包されたワラ。

26日午後、裏の従兄弟が所有する田のワラを集積して梱包していました。
機械の上からごみ埃が沢山出て、音がやかましく部屋にいて気づきました。
1個になったら、ちょっとバックして後ろが開き落ちるようになっています。
運転が難しく、2列ごとに周ったらちょうど良い幅になります。
1反(1000平方メートル)に2から3個のようです。

機械はタカキタ株式会社か機械名をグーグル検索すればカタログがダウンロードできます。


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 田圃に転がるワラの梱包。 ②・③ 機械に挟まれたワラの梱包
 業者は柳川市でした。昨晩、散歩していた時に、大型トラックに載せて運んでいました。

子供の頃はワラを長さ1M、径50cmにくびり横6列に30m位に並べて乾燥させていました。
ワラの中で温まったり、かくれ鬼をして遊んでいました。
もみは筵の上に天日で何日も干してもみすり機にかけていました。


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by kusennjyu | 2009-09-26 11:43 | 風景 | Comments(0) |Topに戻る
秋分の日(みやま市瀬高町)
権現塚から見る日の出

9月23日午前6時に東の日の出場所付近が赤みをおび、行きましたが雨になり見えませんでした。

9月24日にみやま市瀬高町の権現塚へ午前6時に行き待機し、日の出の写真を撮って来ました。

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権現塚。左が南からで、右が東からです。








ごんげんづか
権現塚 みやま市の文化財 市指定史跡 昭和56年2月23日指定

瀬高町坂田にあり、市内では最大の2段築成の円墳であろ。規模は径45M・高さ5.7M・周囲
113.5である。年代ははっきりしていないが、大化の改新の際、規模の大きい古墳を造るなどの厚葬を禁じており、それから察するに大化の改新以前のものとされている。

伝説によると、神功皇后が田油津媛を討った際に多くの戦死者を出したので葬った塚とも、または
卑弥呼の塚とも言われているが定かではない。


権現塚の付近はビニルハウスがあり、約500M南の位置から午前6時から6時50分まで

20分間隔で写真を撮りました。

午前6時20分ごろ。午前45分ごろ。権現塚の東よりちょっと南の清水山中央付近から日の出が

見えます。山から権現塚まで直線距離で1Km位ですので仰角が大きくなり、

田尻の約5Kmから見るのよりも日の出時間が約20分遅れています。

帰りに車で南に移動すると、太陽の見える位置も南に移動してきます。当たり前でしょうか?

太陽の位置が少し高くなると、影は北西に伸びてきました。太陽の軌道が南側になるのでしょうか。

26日に田尻から日の出を見たら、御牧山の南から出ました。不思議に思っていますヨ。

参考ですが、大牟田市の草木八幡宮からは、秋分は真東の大間山から日が昇ります。
       廣木 順作著 「日本発祥の地・大牟田」P107から引用させてもらいました。

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以下は専門的説明で、昼が夜よりも約14分長い理由として大気差・太陽の視角・日周視差・秋分のずれ・秋分のずれとしています。天文学に興味のある方が読んで見られたらどうでしょうか?

春分と同様に、秋分では昼夜の長さがほぼ同じになる。『暦便覧』では「陰陽の中分なれば也」と説明している。しかし、実際には、昼の方が夜よりも長い。日本付近では、年による差もあるが、平均すれば昼が夜よりも約14分長い。これは、次の理由による。

大気差
大気による屈折で太陽の位置が実際より上に見えるため、太陽が上に見える角度の分、日出が早く、日没が遅くなる。屈折は太陽が地平線に近いほど大きくなる。国立天文台では、太陽が地平線付近にある時の、その角度を35分8秒と見積もっている。ここから計算される日出・日没の時間の差は約2分20秒である。

太陽の視角
太陽の上端が地平線と一致した時刻を日出あるいは日没と定義しているため。これにより、太陽の半径の分、日出が早く、日没が遅くなる。ここから計算される日出・日没の時間の差は約1分5秒である。

日周視差
太陽の距離÷地球の半径は有限なので、視差により、0.7秒日の出が遅く、0.7秒日の入りが早くなる。

秋分のずれ
1日の間にも太陽の黄経は変わるため、秋分が1日のいつかにより昼夜の長さに差が出る。この効果は昼夜の長さを最大で±1.1分変える。ただし平均には影響を与えない。
これらを合わせると、日出は、太陽の中心が地平線から上がるより3分25秒早く、日没は、太陽の中心が地平線より沈むより3分25秒遅くなる。したがって、秋分の日の昼の長さは約12時間7分、夜の長さは約11時間53分である。そして、実際に昼夜の長さの差が最も小さくなる日は秋分の4日程度後になる。[1]

秋分を含む日には、太陽は真東から上って真西に沈む。赤道上の観測者から見ると、太陽は正午に天頂を通過する。北極点または南極点の観測者から見ると、秋分の太陽はちょうど地平線と重なるようにして動き、上ることも沈むこともない。

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by kusennjyu | 2009-09-25 10:49 | 季節 | Comments(1) |Topに戻る
グルメ旅行 竹崎カニを食べる(千寿の楽しい日々)
 竹崎カニを食べるぞ!

午前10時30分、夫婦で竹崎カニを食べに出発。

食べた友達から今が旬と聞いていたので、気になっていました。

竹崎カニは、うわさばかりで行ったことがありません。

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カニ定食(カニ 大・刺身・カニ味噌汁・小鉢・カニ御飯)1人前 5700円  011.gif 012.gif

カニは大きく、腹に身がいっぱい詰まっていて、必死に残らないように取りました。満腹、満腹。060.gif

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自宅を出発 → 柳川市から有明沿岸道路 → (佐賀県)川副町 → 福富町 → 白石町

→ 鹿島市 → 太良町 (竹崎カニ料理)
蟹御殿は1時間待ちのため、手前の園で食事。

→100mで長崎県の小長井町に入る。→ 諫早市に入り途中から潮止道路(総長 7Km)を通る。

諫早の潮止はテレビで有名で行政と漁業者が争ってきたところですネ。でも便利ですネ。

漁業者には生活がかかっています。運送業には時間短縮になりますが、考えさせられますネ。

雲仙に上る時間がなく途中から引き返し、長崎県雲仙市国見町の平比良港から有明フェリーで

熊本県玉名郡長洲町の長洲港に渡りました。

帰りは大牟田から有明沿岸道路に乗り入れ、高田町の黒崎で下り、午後5時に帰宅しました。

福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県を周って来ました。

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by kusennjyu | 2009-09-23 20:25 | 旅行記 | Comments(0) |Topに戻る
田舎の風景(千寿の楽しい日々)
田舎の風景

今日から、あちこちで稲の刈入れが始まりました。作っているのは「夢つくし」です。

筑後方言ではコンノといいますが、意味がわかりません。耕作と野良仕事の合成語の訛りを考えました。知っている人は教えて下さい。

コンノ「来なさい」と言う意味もあります。機械が入る前は、協同作業で、家族や親戚又はコンノと頼んでしていました。頼む仕事と言う意味かもと考えられます。

昔は協同作業ですが、機械代が要らない分、黒字で人間味も豊かではなかったでしょうか。

柳川方言を知っとり召すかんも。

こんの・こんのう(扱納)

収穫。「扱(こ)ぎ納す」の訛。扱ぐは江戸時代初期までは「こく」と清音。

「の・のう」は「納(なお)す」の転。 「こきなおす」の転訛が「こんのう」である。

「こんの加勢」~収穫の手伝い。
「麦ごんの」~麦の収穫。
「かつがつごんの」~片っ端から大急ぎで取り入れすること。

          柳川方言 松石 安兵衛(柳川の方)より引用させてもらいました。




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① 刈入れ前 ② 刈入れの準備(手で隅刈り)③ 刈入れ後 ④ 刈入れするコンバイン

現在ではコンバインでしますが、田が少ない家は購入して赤字です。014.gif

1年に数回しか使用しません。次に買い替えの時は、頼んですると言う人が多いようです。

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私も妹のハウスへナス苗植えの手伝いに行ってきました。手伝いに10人が来ていました。

① ナス苗を植える前のムネ作りです。 ② ナス苗 ③ ナス苗を植えている様子。

私は初めてで何もわからず、教えてもらい、ナス苗を台車に乗せ、移動して配ばる仕事です。

1列に100本で、16列ですので全部で1600本です。

人数が多く午前6時50分から8時30分で終わり、後はお茶の子での談話です。

この時、稲の収穫を「こんの」と言うが、どういうことか判ると話題になり、私も含め皆、知りませんでした。

こういうのが、いろいろな情報交換で言いことだと思います。037.gif 030.gif 017.gif 003.gif 045.gif 029.gif

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by kusennjyu | 2009-09-21 15:58 | 風景 | Comments(1) |Topに戻る
家庭菜園(千寿の楽しい日々)
家庭菜園

連休はどこにも行かず、18日から家庭菜園をしています。

18日に半日かかり、我が家の耕運機(写真②)で耕し、写真①のようにしました。

石が多いので取るのに一苦労です。1列だけ白菜をうえました。018.gif

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近くの苗物店から③の人参・大根・ほうれん草・白菜・サニーレタス・を買って来ました。

大ねぎは仮植えしています。8本ぐらいを1株として植えないと大きくならないそうです。

白ねぎは、苗が立ってから土をかぶせわら等を置いておくそうです。苗者屋さんから伝授。

人参は毎年、同じ場所でないと赤く色が付きません。

大根は毎年、大きくて軟らかいものがとれます。ふろ吹き大根に味噌をつけておおしいよ。

連作ができないので、場所を決めるのに一苦労しています。

話を聞いたことでは、ねぎ類を植えると次の年には前に植えた野菜を作れるそうです。

でも、毎年、何かを失敗して、取れることを楽しみに作っています。

夫婦で1人前で、私が土作り、妻が植えて管理する分業で行っています。

今年は玉葱、ジャガイモ、キュウリ、トマト、ウリ、畑レンコン、ニガゴリなど豊作でした。

近くでは、今日から稲刈りが始まりました。

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by kusennjyu | 2009-09-20 17:07 | 家庭菜園と花 | Comments(1) |Topに戻る
社日さん(みやま市高田町)千寿の楽しい日々
 社日さん

田尻区では10組あり、春と秋の2回あり5年に1回、お世話が回ってきます。
今年は今日(20日)に陣内組が各家庭から出て注連縄をない、料理を作ります。
家で料理をいただき、森山神社の横にある社日宮でおまいりをして、その後、車座になり料理を
いただき、次の座元への引継ぎをして終わります。

神主さんは大牟田市の駛馬(はやめ)神社の田尻氏です。

戦国時代に田尻を居城とした田尻氏の後裔です。9月分のブログ、 豪族 田尻氏の郷 を見て下さい。

「社日」というのは、土の神様をお祀りする日の事で、「お社日さん」として親しまれています。
春と秋の二回有り、秋分、春分にもっとも近い戌(つちのえ)の日を「社日」として、土の神様をお祀りします。

春社日には、五穀の種子を祀って、その豊壌を祈ります。

秋には、秋社日といって、初穂をお供えして、収穫のお礼をし、収穫を祝います。

お社日さんは、土の神様で、そのお宿は、田の境石、即ち土地の境界を定める石とされています。
ですから、境石は、動かす物ではないと言ういわれが在ります。

お社日さんは、春のお祀りが住むと、田の方へお出かけになり、作物を守護し、その成長を見守ってくれます。
そして、秋の収穫を見届けるのです。

秋の収穫を見届けた後、お宿へ戻ってこられるそうです。
農家では、「お社日さん」のお祭りといって、当日は、畑仕事を休んで、おはぎなどを作り、
一升ますに米を入れ、お銚子に酒を盛って、社日宮にお供えをし、
神様への感謝の気持ちを捧げたのです。

社日宮は、ローカルな神様で、土地の人々には、「お社日さん」として親しまれていますが、
この神様は、大きな社に祀られることはなく、田や畑の隅などに小さな御影石に「社日宮」と、
文字が刻まれて、静かにお祭りされています。

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写真は日の出時の北側の田圃を背景に、家でお供えしている料理です。主におはぎ、鯛、作物の野菜類、お神酒をあげています。夜は、家族がお下がりをいただきます。

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by kusennjyu | 2009-09-20 12:23 | 九州のまつり | Comments(0) |Topに戻る
朝の風景(月と星)みやま市高田町田尻
私は毎日、約3年間、近くのグランドで散歩しています。

午前4時、東の御牧山の向こう側で周囲が真っ暗い中、少しぼんやりと赤みを帯びています。

星がブランコの斜め上空に輝き、見た目で右下約5Mに細い三日月がでています。

8月19日、投稿の星と月の位置は午前5時10分、同じ高さだったので、期待していました。

午前5時30分、空がぼんやりと薄明かりになり、写真を撮りましたが、真っ暗で見えません。

午前6時、星と月は周囲の空にとけ込み、だんだんと細く小さくなり、完全に見えなくなりました。

午前6時20分、御牧山の右手(南側)に太陽が昇りました。

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右は午前5時30分の写真で、真っ暗で星と月は見えません。
8月と比べて20分日の出が遅くなっています。

秋分の日(9月23日)は瀬高町の権現塚から見て、一番南になります。

山川町の甲田字佐野の中に日之影と言う地名がありますが、秋分の日の位置だそうです。

9月23日には、権現塚に行き、写真を撮る予定にしています。

権現塚で日を測っていたと思うと、昔の人の神秘を強く感じます。

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by kusennjyu | 2009-09-17 10:36 | 風景 | Comments(1) |Topに戻る
あか米コンサート(みやま市瀬高町の野田酒造)
福岡県みやま市瀬高町の野田酒造株式会社(千代錦)で平成3年からあか米を栽培、

平成5年からはコンサートを開催しています。

私は近くに住んでいる者で、今年(9月13日)が3回目の参加です。

2008年はシャンソン歌手と舞踏家 大石宏子さんでした。その時、東京から5人の仲間と

旅行で同行されてブログすてきなあなたに(2008年9月より)をアップされています。



舞踏家 大石宏子 さんが踊りました。

大石宏子さんの踊りを観ながら 音の強弱を調整して、音を出していきます。

総勢5名の旅芸人、できることは何でもさせていただきます!いよいよツアー初日が始まりました。


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2008年9月7日は飛行機で福岡へ。

福岡県、瀬高町にあります『野田酒造 』さんでの「あか米コンサート」に参加しました。

野田酒造さんでは、古代米の赤米、紫米を栽培し、お酒を造っておられます。

日本でも、これほどの広い敷地に古代米を作られているところは他にないそうです。

稲穂が赤く色づき、風になびく様は 豊かさの象徴のようでした。

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田圃を長めながら、野田社長さんが、お米の話をしてくださいました。




「お米は一粒の種から1500~2000倍の実を付けます。こんな倍数で収穫できる作物は 奇跡的なことなのですよ」

ふだん、当たり前のように食べている大好きなお米。

野田さんは楽しそうに お米について語ってくれました。



2008年9月7日 舞踏家 大石宏子さん「稲穂のみのり」の踊りです。 
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by kusennjyu | 2009-09-17 09:59 | あか米コンサート | Comments(2) |Topに戻る