千寿の楽しい歴史
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妻の手作り(千寿の楽しい日々)
11月29日  しょんしょん造り

しょんしょんは畑の肉と言われる高級蛋白の大豆と、大麦・純正しょうゆを主原料にした栄養価の高いもろみです。

 我が家では毎年、手作りのしょんしょんを造る。大鍋(26cm)にいっぱい造る。

材料は次の写真のものです。

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a0137997_10221756.jpg今年は砂糖を500gから400gに減らしました。
ちょうど良いと思います。
自分の味で加減されたが良いですよ。

鍋の中で材料をかき混ぜて、何日かねかせて置きます。

出来上がりは、毎年、何人かに上げています。とても評判が良いですよ。


12月2日 3日間ねかせて味見をしました。ちょうど良い味で、さっそく2人にあげました。



マルエしょんしょんが店舗では売られています。

12月3日 1回目がなくなり、2回目を造ります。



11月30日    ピザ作り

子供のおやつに我が家では、早くから作り大人にも人気があります。

今日は職場に生地を半分持って行き、自分たちで食べるために作ります。
皆、パン職人ですので、お手の物ですよ。
しかし、生地が良いので味もおいしく、職場のとは味が違うそうです。

温度調整が難しいので、レンジの容量により温度と時間の調整をします。

何人かには教えてあげたことがあります。それからは、自分で何回も練習することです。

半分は家で作り、皆で食べます。
by kusennjyu | 2009-11-30 10:03 | 家庭菜園と花 | Comments(4) |Topに戻る
銀杏(みやま市の名所)
銀杏 11月26日  紅葉狩りの後に4箇所を回る。

長田の大銀杏    県指定 天然記念物   平成16年2月18日指定   瀬高町長田

 約400年前の創建された長田の老松神社の神木として植栽されたと伝えらている雄木で、古くから「いっちょうの木」と呼ばれ、親しみと尊厳を抱かれて大切にされてきました。

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海津水天宮   高田町

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竹飯八幡宮   高田町

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田尻の森山宮   高田町

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江浦の淀姫神社の銀杏がきれいである。(25日に電車の中から見る。)
by kusennjyu | 2009-11-27 15:09 | みやま市観光 | Comments(0) |Topに戻る
清水山紅葉狩り(みやま市瀬高町の名所)
清水山紅葉狩り  11月26日  天気 晴れ ブログ仲間と共に

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11月20日撮影
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11月26日撮影  大満足 感動と笑顔
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仲間の笑顔と紅葉の笑うような赤が共通していると感じる。



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by kusennjyu | 2009-11-27 14:45 | みやま市観光 | Comments(2) |Topに戻る
2009春を待つ花(千寿の楽しい歴史)
自宅に咲く花

今年もミニビニールハウスを組み立て、花を中に入れ、冬の霜を避けるようにしています
以前は家の中に入れていましたが、手入れが大変ですので、このようにしました。

ベランダーに3個のミニビニールハウスを置き、春を待つ花々
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上の花々。

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ベランダー咲く咲く花々

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家の庭に咲く花々。

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春を待つ水仙やユリ。他にチューリップ・ユリ(5色)など植えつけています。

水仙は3月から4月に咲くものは、ちょこっと頭を出したり、まだ土の中です。

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有難うございます。
by kusennjyu | 2009-11-22 11:30 | 家庭菜園と花 | Comments(0) |Topに戻る
2009清水山紅葉まつり(みやま市瀬高町の名所)・千寿の楽しい歴史
清水山紅葉まつり

平成21年11月20日(金)午前12時 曇  

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清水山本坊庭園

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三重の塔

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九州西国霊場巡礼

第16番 本吉山 清水寺(天台宗) 本尊 千手観世音菩薩

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第17番 巨泉山  永興寺 (天台宗) 本尊 千手観世音菩薩

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今日の紅葉の状況です。


by kusennjyu | 2009-11-20 17:02 | みやま市観光 | Comments(0) |Topに戻る
歩行記録(千寿の楽しい日々)
オムロン歩行計と体重体組成系

 10年ほど前から、毎日、運動として歩いていましたが、3年前にオムロン歩行計と体重体組成系を購入してパソコンに接続して記録するようにしました。

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累計歩行記録      3年間累計 (1日平均)        2008年分 (1日平均)
歩数(歩)      22、240、330 (20,573)       7,965,054 (21,762)
しっかり歩数(歩)  15、508、850 (14,346)       5,758,599 (15,733)
しっかり歩行時間(分)     126,519 ( 117)       47,291 ( 129)
消費カロリー(Kcal)      649,518 ( 600)       230,172 ( 628)
歩行距離(Km)        14,446 ( 13)        5,175 ( 14)
脂肪燃焼量(g)        43,895 ( 40)       15,812 ( 43)


月の記録
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日の記録
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歩くことの意義    膝を痛めず長く続けるコツ   
①健康管理      ①泥の上を歩く。コンクリート上は膝が疲れる。
②体を鍛える。    ②良い靴を履く。膝に振動が少ない靴を履く。
③脳を鍛える。    ③Ca(骨を強くする)とグルコサミン(軟骨成分を補充する)を飲む。


健康で歩かれることに感謝する。
毎日、楽しく、自然にとけ込んで歩く。花や星などを観察する。
良い考え(アイデア)が浮かんでくる。
プラス思考になる。脳の疲れが取れる。



私の挑戦

歩く
 
 早朝の暗い空に星がきらめく
 太陽が登る前の茜色の空
 御牧山からの日の出
 私の心はときめく

 夜空に星が輝き 満月が出る
 川の水はゆっくりと上流へ増えている
 田圃は稲が育ち収穫と変化して
 2人の心は和んでいる
              百寿

草取り 
 春 若葉が小さい 風は心地よい体をぬける
   田園を眺め 心に考えが湧き出る

 夏 次々と大きくなる 汗がだらだら
   早朝に草をとる 蚊取り線香を身につけて 

 秋 野菜をとり 果物をちぎる
   遠い山を見る 草をとる

 冬 草は地にはう 伸びてこない
   春の訪れを待っている 私も力を貯めている
                  百寿
by kusennjyu | 2009-11-19 13:39 | 健康と美容 | Comments(0) |Topに戻る
2009飯江川(6・みやま市山川町の要川公園)千寿の楽しい歴史
飯江川(要川公園)

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古戦場要川 伝承 源平最後の決戦場
  
みやま市山川町甲田
 
文治元年(1185)3月平家栄華の夢破れて、壇の浦で滅び、生き残った平家のゆかりの者達は、たのみの九州に落ちて来た。源氏追討の手は緩まず、太宰府でやぶれ、筑後尾島でも敗れ、ついに松風の関を背にした要川の要衡によって最後の決戦を試みんと陣を布いた。
 
しかし衆寡敵せず鎧はちぎれ、衣は綻び、矢つき刀折れて生き残る者わずか、或る者は山や谷にのがれ、或る者はなお南を指して逃れ行きちりぢりになって落ちて行った。ここ要川一帯はこの戦いによって、草も木も川面もあけに染まり、屍はるいるいとして目を覆うばかりであったという。このため要川一帯を血波川とも呼ばれた。

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地元の人々によって築かれた平家塚、要川の上流には平家七人の女官が、身を投げて果てたという七霊(しちろう)の滝と、その女官達を祭った七霊宮があり、訪れる人の涙を誘う。                                               
平成7年12月吉日


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要川公園は河川災害復旧助成工事による河川堤防の改修と共に平成4年に整備されたもので、休憩ベンチ、便所、駐車場、広場等が設備された水辺公園です。

2年毎に、山川町教委等による平家祭りが行われています。次回は平成22年3月第4日曜日です。

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待居川   

堺 勝 文書より

 待居川はお牧山山系の山から流れ下る川で、要川で飯江川に合流します。待居川、川口の集落をマテゴといいます。
 
 マテゴ橋はもとは手摺のない粗末な土橋でしたが昭和にいりコンクリ-ト橋に改修され、今回要川公園整備と共に美しい橋に架け替えられました。

 明治になり現在の国道が出来て、射的橋という大きな橋が架かりました。
大正時代に出来た東肥鉄道が射的橋の上流に構築され、今もわずかにその遺構があります。
 射的橋を渡りしばらく行くと上流に七霊滝があります。

「六騎伝説」へ。



by kusennjyu | 2009-11-17 22:35 | 飯江川 | Comments(0) |Topに戻る
2009飯江川(5・みやま市高田町の湯摺・平)千寿の楽しい歴史
飯江川(湯摺)

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谷川(たにご)から山川町小萩を通る里道に架かる橋です。以前は石飛伝いに渡っていました。それは昔から昭和40年代まで続きました。余りに不便である為に谷川(たにご)の有志の方々が近隣に呼びかけ、募金をして、巾のせまい簡易な橋を架け、石飛びは撤去されました。平成4年3月河川災害復旧助成工事に伴い、欄干のある鉄筋コンクリ-ト橋(1米程度)に改修され、橋の名を「わかみやばし」とつけられました。
 そのいわれは、この橋のすこし上流に小さな森があり、若宮さんといいます。ソンダ井手の下流に湯摺と山川町小萩を結ぶ里道の川面に石飛が置かれ、人々の唯一の交通路でした。しかし上流の若宮橋の開通や、堤防のコンクリ-ト壁化により石飛は姿を消し、里道の長い歴史を閉じました。
(堺 勝 文書より)

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民話と伝説 湯摺(ゆすり)の湯  高田町舞鶴
 
飯江川の上流水源をたどると、要川で左右に分かれ、左にたどれば山川町待居川(まてごがわ)となり、右にたどれば湯摺、谷川(たにご)、飛塚、亀尻へと集落を縫うように曲って源流へたどることができる。

むかし、この地に色白で、すらりと背が伸びた美しい娘が住んでいた。日も西の山に傾いたある秋の小寒い日のこと、川向こうの村へ急ぎの用があって、川中の飛び石を渡っている途中で、足をすべらせたはずみに川中に倒れて、足をくじき、怪我をしてしまった。

皮膚からは血がにじみ、立ち上がるのがやっとで、娘は顔をしかめて痛みをこらえ河原へたどりついた。幸なことにすぐ近くに温い清水の湧き出ているのを見付け、傷口を洗い、清水を手ですくっては足にかけ痛い足をさすっていると、とても気持ちがよくなり時の過つのも忘れてしまった。

ふと我にかえると何刻たっただろうか。秋の日の瓶(つるべ)落しの例のごとく、あたりはいつの間にか薄暗くなっていた。足の痛みはうそのように消え、赤く血がにじんでいた傷はきれいに治り、ささくれていた皮膚はすべすべしたもとの美しい膚にもどっていた。

娘はよろこんで河原に立ちあがり、二、三歩あるいたがあんなにひどかった痛みはうそのようになくなっていた。娘は、川向うの家に行き、今迄のいきさつを話し、遅れた事を詫び、用を足して家に帰った。

「この河原の湧水は、傷や皮膚の病に特効があるそうな。」

人々の間にこの噂が次第に広まって、病に苦しんでいる人が近くは勿論、遠方からも治療に来るようになったそうな。

「東に平山、西に広安、中にあるのが湯谷、湯摺」という言葉が流行したのも治療の効能があったからであろう。患部に湧水をそそぎかけることから、この地方を「湯摺」と呼ぶようになったそうな。

湯摺橋と湯摺橋堰     

堺 勝 文書より

高田町谷川から湯摺を通り、山川町原町に至る町道の飯江川に架かる橋です。もとは木桁(キケタ)に板を打ちつけただけの木橋でした。大水の都度流されるので、橋桁に鉄環を打ち込み、これにワイヤ-をとうして洪水に流された時、左岸に接岸して流失を防ぐ工夫がしてありました。

このころ毎年冬になると、原町に居住の浪曲師が弟子達を連れてこの橋の上で「寒聲」取りとて浪花節の稽古をする聲が聞こえていました。

昭和初期にコンクリ-ト橋に改修されましたが、昭和22年・28年の災害により橋桁陥没等の損傷があり、修理を繰り返しましたが、平成4年の災害復旧工事により現在の強固な橋になりました。

湯摺橋のすぐ下流に井堰がありました。これは上飯江の松尾さんの水車場に水を引く専用井堰でした。この水路は1米程の巾で水底には砂が敷きつめられ、シジミが無数に生息していました。電動による精米製粉が、行われるようになった昭和初期に廃業され、井堰もなくなりました。

平の里

民話と伝説   平(でーら)の現人神(あらびとがみ)様   高田町亀谷


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源平最後の決戦場、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の一部は九州へと落ち延びたが、勝ちに乗じた源氏の追撃は厳しく、怒涛の如く追う手をゆるめなかった。

築紫から筑後へとのがれた平家は、山門清水寺の僧兵をはじめ郷土の援助に暫く力を得て、飯江(はえ)障子 ケ岳の麓、要川(かなめがわ)一帯に布陣して物見塚(ものみづか・山川町)に兵を置き最後の一戦を交えんと待機した。

雲霞の如く打ち寄せる源氏の大軍の前には勝つ術もなく、たちまちにして戦列は乱れ、川原は屍でうまり、流れはみるみる血に染まっていった。 刀折れ、矢尽きて、最早これまでとある者は腹を切って果て、ある者は山奥へ、川下 へと命からがらに落ち延びていった。
 
そのなかで、障子 ケ岳の森深い谷に身をひそめた平家の一族は、相続く敗戦で離ればなれになった肉親や一族の安否を按じながらも、追手の厳しさに身じろぎすらままならず、昼間は森にひそみ、暗くなるのを待って食べ物を探しに山を下りる有様で、里人に会うことも避け、不安な毎日を過ごした。

かくして数年が過ぎ、ようやく追手の姿が薄らいだ頃になって、次第に里人とも言葉かわすようになった。しかし、平家と名乗って密告されるのではないかという不安は消えることはなかった。

「見知らぬ人じゃが、あんたは何ちいいなはるか?」

「わたしは坂無といいます。上方から来たもので何もわかりません。よろしくお願いします。」顔立ちといい、挨拶のしぐさといい気品のただよう姿は、誰がみても育ちのよさはかくせなかった。

「坂無」という意味は、坂がなくて平(ひら)たいということで、大へん頓智のきいた返事をしたものである。後日になって、坂無よりも坂梨という文字を使うようになったらしい。

おいおいと里の生活になじんだ頃になって、小さな石の堂を建てて、病死した者をはじめ、要川合戦で戦死した者、壇ノ浦で入水した平家一門の霊を慰め冥福を祈った。

今日、亀谷地区に「平(でーら)」という集落があり、20戸のうち18戸が坂梨姓を名乗っていて、毎年4月16日を定めて家族揃って石堂に参り、法要が営まれている。

今在る「現人神」は、大正7年(1918)頃までは、これより東約百米余り下った場所にあった。又、石堂裏の三基の墓石は、あちこちに散在していた墓石を、ここに移したのである。


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by kusennjyu | 2009-11-17 09:59 | 飯江川 | Comments(0) |Topに戻る
2009収穫の秋の歴史(みやま市高田町)・千寿の楽しい歴史
収穫の秋の歴史

飯江川(竹飯)のハゼ

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飯江川の旧堤防にはハゼの木が並び植えられていました。

堤防の拡張改修後、写真のハゼの苗木が植えられています。

公孫樹

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左 竹飯 竹飯八幡宮の公孫樹(東西の2本のうちの西側のもの)

中 海津 海津水天宮の公孫樹

右 田尻 森山神宮の公孫樹(東西の2本のうちの東側のもの)

上の住所は10月分の「田尻氏の足跡を訪ねて(郷土の歴史散策)」に投稿しています。

今年はハゼの赤みと公孫樹の黄色が鮮やかな色になっていません。まだ時期が早いでしょうか。

山の柿とミカン

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田尻の農業の歴史は 米や麦

もう1つの収入は
 
戦前は(三池郡誌P90果実に岩田梨が定評を博し、今や県下の名産地とある。)  
 
昭和25から35年頃からミカン

私が小学生のころ、雑木林を村中で切り、開墾してミカンが植えられた。

家でもミカン山が1ヶ所あり、20万円の収入があり生活の一部になりました。 

昭和50から60年頃からハウス栽培のナス
に変化してきました。ミカン山は段々と荒地に拡大しています。

by kusennjyu | 2009-11-16 22:15 | 季節 | Comments(0) |Topに戻る
家庭菜園(千寿の楽しい日々)
家庭菜園

玉ネギ苗植え 10日 八女市のべんがら村(温泉)から玉ネギ苗を買う。
           早生200本・普通200本(野菜玉ネギと赤玉ネギは置いてなかった。)
       14日 マルチ(黒ビニール)を剥いで草取りをする。
       15日 耕運機で耕す。→ ムネを作る。→ マルチを張る。→ 玉ネギを植える。

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畑の収穫物

上段の左から大根・白菜・カンラン・  下段の左からほうれん草・人参・大ネギ

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豆の収穫   上段は黒豆と小豆の大と小  下段は黒豆と大豆

豆の葉の写真は小豆の大です。普通の小豆より殻も長く一回り粒が大きい物がなります。
今年は普通の小豆と思い植えたものが、殻が大きくなんだろうと思っていました。
ビールのつまみの枝豆は美味しいですね。しかし、黒豆の枝豆が粒が大きく甘味があります。

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by kusennjyu | 2009-11-16 22:08 | 家庭菜園と花 | Comments(0) |Topに戻る