千寿の楽しい歴史
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南校区にあった渡し・千寿の楽しい歴史
南校区にあった渡し    南小学校創立50周年記念誌より。

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①東津留の渡し

津留村が二分され、東西に分かれたのは、元禄14(1701)年以後で、この辺の川の改修は享保5(1720)年以降であろう。改修の役人は田尻惣馬であっらしい。

この改修によって六合古川にあった渡しがここに(現在の津留橋下流約100m地点。そこに今も刎(は)ねの一部があり、当時の面影を残している。)移されたと考えられる。従って東津留の渡しは享保年間(1720年代)から始まったと思われる。昭和の初めは県道であったので無料であった。

渡しは左岸を護岸して刎ね(陸への荷場所、人の乗り降り場という役目にとどまらず洪水の防止など、いろいろの多目的で築られたもの)がり、右岸はよし野が広くあって桟橋があり、潮が引き刎ねがあらわれると船橋(川の中央に船を止め左右に板橋をかける)をかけ、そこを歩いて渡った。船橋の時間(約2時間)は渡し守りは一休み。潮が満ちはじめると板橋をはずし舟で渡っていた。

渡し守りは「タンさん」と言っていた。左岸の堤防うちがわにの中腹に番小屋があった。「タンサーン、わてっくれんのー」と呼べば「おーい」と返事しながら、すたこらすたこら下りて来てギッコラギッコラとやって来て渡してくれたものだ。

朝6時から夕方8時までが渡し守りの働く時間で、それ以外は時間外の勤務となっていたらしいので特別相談して渡してもらっていたとのことである。
浜田校から夜おそく柳川方面に帰られる先生方は江浦か瀬高に廻って帰られたそうである。

旧津留橋(木造)ができて渡しは廃止されたが、昭和28年の大洪水で流失したため現在の橋(昭和33年11月竣工)ができるまで約5年間、渡しが復活し、その時の渡し守りは「シッちゃん」という人だった。

②泰仙寺の渡し

泰仙寺が鷹尾から分かれたのは、寛永15(1638)年、矢部川の改修が行われた時のことである。従って、泰仙寺の渡しは、この頃から始まったと思われる。それ以前は、泰仙寺と浜田との間に矢部川が流れていた。泰仙寺の渡しも同様番小屋があり干潮の時は、船橋がかかり歩いて渡っていた。

船も同じく長方形の平たく浅い渡し専用のものであった。渡し守りは「シンさん」と言っていた。ここの渡しは有料であったようである。村の各戸から米をぬいて渡し守りに渡していたそうで一回一回金を払わなく渡っていたそうである。後はしばらく「ハヤトさん」が引き継がれておられたそうである。

③堀切の渡し

堀切の渡しは、明治34年以前までのことである。満潮時から干くまで船頭の「フウさん」から渡してもらっていたそうである。船は長方形の平たいものであった。

干潮で真中が狭くなると船を南向きに浮かべ両岸から板を渡し船橋を作ってもらい、歩いて渡っていた。船の渡し賃は一回5厘くらいだったそうである。村内の人からは年末に各戸から米をもらい、他村の人は金を払っていたらしい。もうその時代から100年も過ぎた遠い昔のことである。後には「友さん」が引き継ぎ奉仕してくださった。

明治34年に板橋(歩くとガタガタ音がしたのでガタガタ橋とも言った)ができたが、村人の頼母し講を守り立てて援助したそうで渡り賃を受け取るため番小屋を作り、金投入箱が設けられていたそうである。

20年経過したら橋の板は破れ、大水の時はゆらゆら動いて危険になった。町の肝煎りで、県でコンクリート橋のかえられた。それは大正9年のことである。

昭和37年、飯江川改修工事に伴い、浜田、江浦線も6.4mに幅が広められ前の橋の5mばかり上に高く架設され今に至る。

この丁字橋の東側の川岸に昔の船つき場の跡に細く古びた杭が残り昔の面影を偲ぶことができる。

④長島宇津の渡し

宇津の渡しは、いつからあったのか明らかではない。文化9(1812)年2月の伊能忠敬の測量日記に、長島本村字宇津12間とあるが、渡しのことは記されていない。しかし、三池街道(三池ー瀬高)であるので渡しはあったと思われる。

その始期は明らかでない。江戸の初期の参勤交代が始まって以来のことであろう。大名がここを渡る時は臨時に漁船が徴用されたかも知れない。







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by kusennjyu | 2012-05-31 21:57 | みやま市の歴史 | Comments(0) |Topに戻る
梅酢作りに挑戦と今年も味噌梅を作る・千寿の楽しい歴史
梅酢を作る(6月1日)  梅 1kg

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材料

•青梅を 1kg~1.5kg   ※実を食べたい方は多めに氷砂糖を 800g ~ 1kg
                 ※甘くない方が好きな方は少な目に
•酢 1.8L      •容器 4L

作り方

•青梅のヘタを取り、丁寧に水ぶきする。  ※水気は残さないこと
•容器の中に青梅を下にして氷砂糖を被せるように入れる。
•酢を注ぐ。
•梅の実が水面から出ないようにします。
•フタをして閉める。

保存

•暗くて涼しい場所で保管する。    ※冷蔵庫で保管する必要はありません。
•1年置くと酸味も和らぎまろやかになります。  2年3年と長く置くとまろやかになり旨味も増します。

飲み方・食し方

•夏はオンザロックや水割りでいただき疲れ知らず。
•冬は酢の香りが強いかもしれませんがお湯割りをどうぞ。
•実はほのかに甘く、刻んでレーズンの代わりにサラダに加えたりそのままお茶請けにも良いです。

a0137997_6445319.jpg味噌梅作り(5月31日)

材料

青梅             1kg
米みそ            1kg
砂糖        600~800g
調味みりん風   50~100ml
五倍酢            50ml

つくり方

① 「へた」を取り、梅を軽く水洗いし、水気を取る。     容器も水洗いして乾燥させておく。
② 写真のように材料を全部つけ込み、3~4日冷暗所に置いておく。
③ 中味を混ぜ合わせて、さらに2~3日置いておく。
④ その後、梅を食べてみて少し酸味が抜けていれば、あとは、梅の水分で酢みそのかたさを調整します。







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by kusennjyu | 2012-05-31 06:55 | 料理 | Comments(0) |Topに戻る
「誰にも書けなかった邪馬台国」の著者紹介・千寿の楽しい歴史
「誰にも書けなかった邪馬台国」の著者紹介   村山健治著(昭和53年発行)

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明治2年生れの村山一松は25才で山門三池製茶組合長になり31才で清水村村長になる。大正9年には東肥鉄道社長を務めている。

孫にあたる村山健治は大正4年(1915)朝日村の村山家に生れている。旧制八女中学を卒業し、西日本鉄道、銀行に勤めるかたわら、郷土史に取り組む。地元、邪馬台国候補地の遺跡調査にのめりこみ、古くは旧石器時代から、古墳時代までの発掘に取込み研究され、山門郡の考古学を語る第一人者であった。

「誰にも書けなかった邪馬台国」の著書は故村山氏の郷土史研究に生涯の情熱をかたむけた集大成である。

昭和63年7月に73才で他界された。

女山の神籠石。 約4kmにわたる列石は何を意味するのか、謎は多い。

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自転者は彼にとって邪馬台国研究の大きな武器だ。 筑後山門を駆け巡って30年の歳月が。

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村山家の先祖

朝日村の旧地主の村山家の先祖の村山等安は豊臣秀吉の時代に長崎の貿易商であった。朝鮮遠征のときに東安は秀吉に海外の事情などを進言したり、柳川藩主立花宗茂軍の水先案内も務めている。その後秀吉から御朱印状を拝受し、のちに長崎代官に任命されている。

徳川家康が天下を取ると代官はクビになり、御朱印状も取上げられた。東安の江戸期の子孫は立花藩の有明海干拓事業に係わり、かなりの資金を出している。

安永4年(1775)に村山寿硯が干拓した寿硯開は柳川市大浜町の寿硯公民館や村山公民館がある周辺の土地である。江戸末期の村山家は山門に20町歩(6万坪・約20ha)を小作に出す地主として暮らすようになる。

初代長崎代官村山等安ゆかりの地蔵群    銭座町聖徳寺墓地内

長崎開拓の祖、長崎代官村山等安は、キリシタンの擁護と大阪方に内通した嫌疑で処刑されました。

聖徳寺には、その兄宗寿の150年忌の碑、等安の長男徳安の墓がありましたが、明治12年子孫により三宝寺に移されました。

しかし一部の墓碑や地蔵はそのまま残され、村山家は長崎会所の同じ役人であった牛皮目利役の高比羅(良)家にその後の慰霊を頼んだといいます。(旧村山家墓地跡がそのまま高比羅家墓地となっており、高比羅家子孫は銭座町に在住)地蔵群は古い顔立ちながら、今も参拝に訪れる人々を静かに迎えておられます。







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by kusennjyu | 2012-05-29 18:49 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
和ろうそく350個の注文品を作る・千寿の楽しい歴史
和ろうそく350個の注文品を作る   5月28日午前9時30分~午後4時    参加者 10名

第22回くるめ環境フェアイベントに使う「和ろうそく」350個の注文が荒木製鑞を通して、政治学級二十日クラブの専門部会・木蝋の会に依頼があり、10人が集まり作りました。

1・生蝋を温度調整をしながら融かします。

2・針金と座金で芯立てを作ります。

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3・長い芯を等分に計り、切ります。

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4・容器の中に芯立てと芯を組み合わせて立て、融かした蝋を入れて固定します。

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5・容器の中へ融かした蝋を流し込んで固めます。

蝋を補充したら、色がおかしかったり、ブツブツが出来たような状態になり、荒木社長に電話して来てもらいました。

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荒木社長の説明では、その日の気温、部屋温度などで微妙に違うそうです。

また、生蝋の温度を上げすぎると、成分が焼けて黒くなるとのことでした。

出来上がった製品と3個を燃やして芯と炎の高さを観察する。

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私たちが350個を作るのは、初めてですが自信になりました。また次の企画の連絡が入っているそうです。











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by kusennjyu | 2012-05-28 21:47 | みやまいいまち会 | Comments(0) |Topに戻る
2012トークショー・立花宗茂(小説と史実)・千寿の楽しい歴史
トークショー・立花宗茂(小説と史実)

平成24年5月27日(日)午後2時から。

柳川藩主立花邸御花 松涛館2階 元禄の間

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年表

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開始前の入場者   13時30分過ぎで、このように席は満場状態でした。開始後は撮影禁止でした。

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今年1月に第146回直木賞を受賞された葉室麟氏の受賞第一作は、柳川藩初代藩主・立花宗茂をえがいた歴史小説『無双の花』です。福岡県久留米市在住で執筆活動を続けられている葉室氏は、立花宗茂を「男の理想像」と語っていらっしゃいます。

また、立花宗茂の研究において第一人者である九州大学の中野等教授は、その著書や講演で、伝説として語られることも多い宗茂の生涯を、史実に基づいて明らかにしようとされています。

このたびのトークショーでは、お二方それぞれの視点から、小説と史実における立花宗茂のイメージを語っていただき、昨今の「立花宗茂」ブームの秘密に迫ります。

葉室麟氏

5度目の候補作、「蜩ノ記」で直木賞の受賞が決まった葉室麟さん(60)。大学を卒業後、地方新聞の記者を経て、50才を過ぎて本格的に小説を書き始めました。受賞会見の全文を掲載します。

中野等氏

研究上の主たる関心の一つは日本の中近世移行期にあり、いわゆる戦国時代から江戸時代の前期を対象とする。

太閤検地や朝鮮出兵といった豊臣政権の諸政策についての研究成果は一応『豊臣政権の対外侵略と太閤検地』(校倉書房)にまとめた。

柳川の歴史3  筑後国主 田中吉政・忠政  中野等著

立花家史料館(短刀展示品)

国宝  短刀 銘 吉光  刃長 23.3cm  鎌倉時代 

重要文化財 剣 銘 長光 刃長 25.5cm  鎌倉時代  初代柳川藩主・立花宗茂公所有 

宝満城で別れの宴が行われた。

紹運は宗茂に向かって、「本日より道雪殿がお前の父である。この争乱の世では道雪殿と敵味方になって戦うこともあるやも知れぬが、そのような時は道雪殿の先陣に立ってこのわしを討ち取れ。道雪殿は卑怯未練なことが大嫌いな人である。もしも離縁されるようなことがあれば、この刀で潔く自害せよ」と備前長光の剣を与えた。     立花宗茂  河村哲夫著より。

松涛園

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座敷の縁側に座り、ゆっくりと庭を眺めました。

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by kusennjyu | 2012-05-27 22:53 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2012長崎街道「筑前六宿」の旅へ・千寿の楽しい歴史
長崎街道「筑前六宿」の旅へ

グラフ ふくおか 2011冬より

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黒崎宿~筑前六宿の玄関口となる宿場

宿場町の構造をみる

長崎街道には、諸大名や長崎奉行などが泊まる「御茶屋(本陣)」や、その家臣などが泊まる「町茶屋(脇本陣)」が設けられた。

これらの茶屋は庶民が泊まる「旅籠」とは一線を画していた。宿場町には、この御茶屋や町茶屋を中心に、宿を統括する役人を置く「代官所」、駕籠や馬を乗り換えたり、物資を扱う「人馬継所(問屋場)」、さらに、旅人を検査する「構口」が置かれた。

また、宿場町は旅人をもてなす他にも「鉤(かぎ)の手」と呼ばれる直角に折れ曲がった道を造るなど、外敵の侵入を防ぐ役割も担っていた。

城下町から宿場町へ

黒崎宿は小倉から長崎へ向かう最初の宿である。慶長9(1604)年、城下町として建設されたものの、元和元(1615)年の「一国一城令」で城は取り壊され、城下町は宿場町へ移り変わった。それは、藩の通貨を造っていた鋳銭場跡に、速やかに御茶屋が建てられたことでもわかる。

黒崎湊で繁栄した宿

黒崎宿には、福岡藩では唯一、大坂への渡海船が発着する「黒崎湊」があった。
交通の便がいいことから商売の盛んな地となり、その繁栄ぶりは六宿の中でも抜きん出ていたという。また、黒崎湊に着船し、長崎街道を抜けるルートも大いに活用された。

幕末、京都から逃れてきた三条実美(さねとみ)ら五卿や、坂本龍馬なども船で上陸したといわれる。龍馬の黒崎での宿泊は定かでないが、五卿は湊から輿に乗り、送迎の藩兵に守られながら、黒崎の御茶屋に入ったという記録が残されている。

写真説明

1右上~黒崎宿東構口跡=元和元(1615)年、廃城となった黒崎城の堀を埋めて造られた。

2左上~御茶屋跡から出土した茶碗片=出土した茶碗は須恵で焼かれた御用器で、「黒崎」の銘が残った珍しいもの。

3中~『筑前名所図会』=黒崎駅の図。駅とは宿のこと(福岡市博物館 所蔵)

4右下~曲里(まがり)の松並木に残る江戸時代からの松。

5左下~常夜灯=1849年、灯台として黒崎湊の入口に建てられたもの。地元の船庄屋などの名前が刻まれている。

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木屋瀬宿~古代より交通の要衝であった宿場

遠賀川水運の川港であった木屋瀬

黒崎宿から、ほぼ3里(約12km)先が木屋瀬宿である。木屋瀬は遠賀川のほとりにあり、本格的な宿場町に発展したのは17世紀半ばから。木屋瀬の繁栄には遠賀川の対岸である植木の存在が欠かせない。植木は中世以降、遠賀川水域を代表する川港であった。

その渡し場として木屋瀬は水陸の拠点となり、肥前名護屋城に向かう豊臣秀吉が通ったり、徳川家康が仮陣したと伝えられている。

そのことから、文禄・慶長期(16世紀末~17世紀初頭)には、すでに大名の休泊所が設けられ、商家は立ち並んでいたとされる。

明治40年の大火で町の約半分が焼失してしまったが、近年、整備・公開された江戸後期の豪商屋敷「旧高崎家住宅」などは残り当時の豪商の暮らしぶりがうかがえる。

高崎家はその財力を背景に、高山彦九郎、頼山陽、シーボルトなど、多くの文化人と交流があったといわれる。

江戸時代の旅人の姿をたどる

さて、当時の宿の生活をのぞいてみよう。宿場には御茶屋や町茶屋意外にも、庶民的な旅籠や木賃宿が軒を連ねていた。人々は「暮六ツ」と呼ばれる日没前に宿屋に入り、旅の草履を脱いで、荷を降ろした。木賃宿などは相部屋が常識。旅の者同士で話が弾んだことだろう。

旅の持ち物は道中記(旅行案内帳)に火打ち石、手ぬぐい、鼻紙、針や糸、短刀、日時計と磁石、筆記用具の矢立、髪結い道具、折りたたみ式の道中枕や薬など。

旅行中の食事は宿で取るほか、携帯した干飯や宿で作ってもらう弁当を持ち歩いた。人々は夜明けの「明六ツ」とともに出発し、次の宿を目指したという。宿場町は、そんな旅人を迎え、送り出す場所であった。

飯塚宿・内野宿・山家宿・原田宿

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地元では2012年、長崎街道筑前六宿400周年の記念事業を計画しています。








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by kusennjyu | 2012-05-27 04:23 | 長崎街道 | Comments(0) |Topに戻る
2012宮川早生温州みかん発祥の地(柳川市)・千寿の楽しい歴史
宮川早生温州みかん発祥の地(柳川市)顕彰碑

読本 旧柳川  柳川山門三池教育委員会編  

昭和41年2月1日発行より


現在、早生温州みかんの一種として広く普及している「宮川早生」の原木の発祥地で、顕彰碑が建立されています。宮川早生は味の「まろやかさ」が特徴の温州みかんで、1910年頃に福岡県山門郡城内村(現柳川市)の宮川謙吉邸にて発見された枝変わりを、 1925年に田中長三郎が発表しました。育てやすく収量性が良いなど優れた特徴を持つため、古くから全国的に広く栽培されています。

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顕彰碑の碑文

福岡県山門郡城内村(現柳川市)の名家に生まれた医師宮川謙吉氏は、長く教職にあって婦女子の薫陶に令名の高い夫人千幹(ちもと)女史とともに、旧柳川藩主伯爵立花寛治の勧農殖産の志をうけ、かたわら園芸を愛好し、立花家家令吉田孫一郎氏から温州蜜柑の穂木を譲り受けて自邸内に自ら接木した。

ところがやがてその一枝に早熟で美麗な大果が結実しているのを発見し、大正5(1916)年、立花家農事試験場主催の品評会に出品した。

これを福岡県技師浅田岩吉氏が優良と認めて増殖を勧奨したことにより、県内に普及し始め、特に八女郡の持丸明三氏と山門郡の田中亀蔵、石井佐吉氏は率先して、この種の苗木育成と高接につとめた。

農学博士田中長三郎氏は大正12(1923)年以来、原木を調査した結果、立枝の一部が、芽状(がじょう)変異として早生種が発現したことを確証し、大正14(1925)年、これに宮川早生と命名して学会に発表した。

昭和4(1929)年、九州沖縄八県連合園芸共進会において、最優秀の賞を受け、以来本種は、樹勢強健、果型偉大、外観品質共に良好で、しかも豊産性の経済的早生品種として、一躍広く業界に認められることになった。

福岡県は昭和11(1936)年、原木を天然記念物に指定して、その保存につとめた。昭和23(1949)年、おしくも枯れ死した。

しかしこの原木の一枝から発見した本種は広く全国に普及され、早生温州の王座を占めてその栽培面積は、福岡県1千ヘクタール、全国1万ヘクタールに達する成況をみるようになった。我が国の柑橘産業の飛躍的発展はこの宮川早生におうとこおが、まことに大きいことを銘記すべきであろう。

宮川早生発生以来50年、ここに原木発祥の地を選び原木第2代樹を移植し、そのほとりに顕彰の碑を建てて長く後世にその由来を伝えたい。
   
 顕彰碑の裏面に
     宮川早生温州顕彰碑   昭和36年6月10日建立
     宮川早生温州みかん発見について  農学博士  田中長三郎

a0137997_7442112.jpg山川みかんを全国に普及させた人たち

山川村(現みやま市山川町)の田中亀蔵氏と石井佐吉氏は率先して、この種の苗木育成と高接につとめた。

商品として市場出しを考えたのは青輝園主の田中亀蔵氏であった。

温州(うんしゅう)みかん




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 「西原親みやま市長と懇談会をしました」

「いぐさブティック草 訪ねる」

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 清水寺住職の講演、「人間性を育てる精神文化」

小学校の運動会で「ソレソレみやま」

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私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。

by kusennjyu | 2012-05-25 06:36 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策 | Comments(1) |Topに戻る
みやま市文化協会の総会と講演会・千寿の楽しい歴史
みやま市文化協会の総会と講演会    5月23日午前10時開会    みやま市山川市民センター

今日は評議員として出席。 総数133名のうち93名出席のため、総会が成立しました。

会長挨拶に続き来賓者挨拶(みやま市市長・みやま市議会福議長・福岡県議会議員)。

議題    議決しました。

第1号議案    ①平成23年度事業計画(案)について    ②平成23年度決算承認について

第2号議案    ①平成24年度事業報告について       ②平成24年度予算(案)について

a0137997_2032158.jpg講演会       
演題  『人間性を育てる精神文化について』
講師  清水寺  住職  鍋島隆啓氏

①「ものごとは心にもとづく」
②「人生に良き志(道心)を持っているか」


人生に良き目標(志)を持つか、持たないかで人生は決定的に変わる。
人間は自分のこともさることながら、世のため、人のために自分が役に立て、そして周りからも必要とされる人間になったときは大きな喜びと幸福を感じる。

皆に感動をありがとうございました。

午後からは植木の剪定をしました。このように立ち木を残しました。隣では30分で麦コンノが終わりました。

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家に咲いているバラです。

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 「西原親みやま市長と懇談会をしました」

「いぐさブティック草 訪ねる」

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 小学校の運動会で「ソレソレみやま」

「毎月第一日曜は道の駅で絵ハガキ教室」      「高田濃施 菖蒲園のご案内」

梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑   11月    季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2012-05-23 20:33 | 出来事・生活 |Topに戻る
JA高田地区年金友の会講演会・千寿の楽しい歴史
JA高田地区年金友の会講演会    5月21日午後2時~4時   

まいピア高田の緞帳紹介(上の花火は高田の特産品)

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大蛇山と新開能

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水仙(町花)と和ろうそく

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オープニング  媛太鼓演奏

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挨拶の後、23年度活動報告及び24年度活動計画

講演   講師   佐々木哲夫 先生(プロフィール)

a0137997_21271312.jpg昭和23年宮崎県延岡市生まれ。9人兄弟の末っ子。

宮崎県農協中央会に勤務後、家の光専門講師として全国で公演中。

北は北海道網走市から、南は沖縄石垣島まで全国津々浦々の道府県。

JA家の光大会はじめJA年金友の会講演会など、笑顔の花咲く元気いっぱいの楽しい講話でご活躍中です。

また、日本作詞家協会会員で多くの作詞を手掛けておられます。


いつも明るく(30分) いつも明るく(30分) いつも元気よく(20分)

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「あいさつ音頭」・校歌・「農協祭りばやし」などを歌う。(作詞 佐々木哲夫)

楽しいひと時でした。ありがとうございいました。






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梅野家庭園    4月  5月  新緑   11月    季節を楽しんで下さい。

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私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2012-05-22 21:45 | 出来事・生活 | Comments(0) |Topに戻る
金環日食(5月21日午前7時35分)・千寿の楽しい歴史
金環日食   5月21日午前7時25分~35分    天気  小雨   見られない。

自宅  緯度 33度12分  経度  130度49分

自宅からの風景(左~午前7時20分  右~午前7時30分)

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観測できなかったため、テレビ放送分を記録に残します。

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大阪市

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長野県塩尻   ビイリー・ビーズ   50秒間見られます。

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ベイリー・ビーズ(Baily's beads)とは、日食の際に月が太陽を隠し、月表面の凹凸の地形によって日光がビーズのように見える現象である。

1836年にこの現象について初めて正しい説明を与えたフランシス・ベイリーにちなんで名付けられた。

日本の次の金環日食は北海道で見られる2030年、それより前の16年には全国で部分日食となる。

金環日食の解説









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by kusennjyu | 2012-05-21 17:59 | 天体 | Comments(0) |Topに戻る