千寿の楽しい歴史
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唐尾の延命地蔵尊と水害被害・千寿の楽しい歴史
唐尾の延命地蔵尊と水害被害    7月30日午後

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矢部川の広瀬堰~南筑橋間の水害被害状況

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延命地蔵尊安置の広場からの被害状況

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大楠下の延命地蔵尊

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修復費としての浄財をお願いしています。








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梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月   季節を楽しんで下さい。

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青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

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by kusennjyu | 2012-07-31 10:41 | 郷土唐尾 | Comments(0) |Topに戻る
雲龍久吉横綱150年・琴奨菊大関昇進・記念出版祝賀会
雲龍久吉横綱150年・琴奨菊大関昇進・記念出版祝賀会

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御花の周囲の掘割(川下りを楽しむ観光客)

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大関琴奨菊への御祝儀

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花束贈呈

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大関琴奨菊の挨拶

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大型紙芝居『雲龍さん』   アリスの会

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相撲甚句『雲龍久吉』 『琴奨菊』

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野口先生と半田先生の記念写真

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同級生と歌う

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祝賀会の終了

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ありがとうございました。







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by kusennjyu | 2012-07-30 11:25 | 出来事・生活 | Comments(0) |Topに戻る
中島祗園(豪雨被害に負けないぞ!)・千寿の楽しい歴史
中島祗園(豪雨被害に負けないぞ!)  柳川市大和町中島地区 7月28日午後6時頃

中島は矢部川の河口で先日の豪雨で決壊した下流です。中島地区も床下浸水しており、後片付けが完全に終わっていない時に、祭りは年1回だから、やろうと皆が夜に集合して準備して今日の祭りが行われています。

写真を見たら、皆の顔が生き生きしています。力強い海の男衆という感じがにじみ出ています。

川端市場通り

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国道208号線(福岡銀行前)へ出て、90度山車を抱えて向きを変えます。

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国道に出てすぐに、六合(決壊して床上浸水した地区)方向へ90度、再び持ち上げて方向変換します。

ここは、下り坂で、少しカーブしていますので、何回も車止めをして、方向を何回も変えながら進みます。

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西鉄中島駅前から八剣神社方向へ、再び90度方向変換を行う。

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八剣神社に到着

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神社前でかませ   多くの見学者が集まっています。

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川端通り付近では旧北町の子ども大蛇山車も行われています。

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中島祗園祭り  地元の方が詳しいことをあげています。

今晩はみやま市高田町渡瀬祗園と大牟田市大蛇山車(六山集合)が行われています。






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by kusennjyu | 2012-07-28 20:42 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策 | Comments(0) |Topに戻る
ロンドンオリンピック開会式・千寿の楽しい歴史
ロンドンオリンピック開会式    7月28日午前5時(日本時間)・ロンドン7月27日午後9時

写真はテレビからです。記念記録としてブログにオリンピックをあげます。

イギリスの歴史(農業時代)

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イギリスの歴史(産業革命)

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五輪

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イギリス国旗入場

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日本95番目に入場行進

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7月28日~8月13日まで17日間の競技が行われます。  ニッポン頑張れ。








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by kusennjyu | 2012-07-28 11:52 | 出来事・生活 | Comments(0) |Topに戻る
2012真宗大谷派明願寺の歴史・千寿の楽しい歴史
真宗大谷派明願寺の歴史

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真宗大谷派 明願寺  

住所 〒839-0214 福岡県みやま市高田町今福42-2 
  
電話  0944-22-5809


三池郡誌 大正15年6月20日初版発行より。

本尊 阿弥陀如来  

所在地 今福 境内堂宇344坪・49坪 信徒 2500人  

記事 天文11(1542)年實念開基

高田町誌  昭和33年10月1日発行より。

今福にある。真宗の大谷派で、本尊は阿弥陀如来である。開基は定念で、はじめ天文11年(1542)同村中牟田に創立し、本山証如法王より本号を授与され、その後に現地へ移転した。本堂、庫裡、鐘楼、山門がある。

鳳城山明願寺の由来  先代住職の記録より。

世上一般の、それぞれのお寺は、それぞれそのお寺なりの古事来歴によって創建されたものと推察いたします。

私たちのお寺である鳳城山明願寺創建の事情は、文永11(1274)年10月と、それから7年後、弘安4(1281)年6月の2度に亘る蒙古高麗連合大軍の来襲に始まるものではなかろうか。

私たちの祖先は、この元寇の役に、肥後の住人菊池次郎武房の率いる精鋭の一隊として勇戦し少なからず犠牲者も出たものと思います。

次いで後醍醐天皇の御代、武房の孫武時は、天皇の綸旨を戴き楠木正成、新田義貞等と共に横暴の限りを尽した鎌倉幕府を攻め菊池武重の大奮闘もあって北条高時を滅ぼし千辛万苦の末、「建武の中興」は成ったが、菊池軍にも相当の犠牲者が出たであろうし傘下の祖先の方々も尊い命を落とされたのではないでしょうか。

そのため、その戦いの論功行賞の時、楠木正成によって菊池武時・武重父子の功績を第一位に取り上げられたので足利尊氏はそれらを不満として後に謀反を起こしたので北畠顕家、新田義貞、楠木正成等と共にこれを鎌倉に攻め尊氏は叶わじと見て少弐、大友、島津を頼って九州に逃れました。

九州では菊池軍はこれを徹底的に攻め一時は流石の尊氏も今はこれまでと思わせた場面もありましたが、菊池軍として頼むは阿蘇大宮司の阿蘇氏のみで日向の一部を除き九州は殆んどが全体が尊氏に組みし、留守を守る菊池軍は苦戦の連続で、尊氏は遂に九州全土に号令するに至りました。

その間、菊池軍の一出城であった瀬高本郷の城も落ちて城主古賀大膳太夫(後明願寺初代住職となられた人)は一族郎党と共に善戦されましたが、遂に破れ城を焼かれ身をもってこの地に逃れられました。

それで人生の果かなさ、世の無常をしみじみと感じられ、文永・弘安の役以来、建武の中興の前後、尊氏の九州平定等、度重なる戦いにおいて尊き命を落とされた一族郎党部下勇士の方々の御成仏を御冥福を祈るため出家され、この明願寺の地において年に一度、周囲や敵に気付かれないように遺族と一緒に回向法要を営まれたそうであります。時に建武3(1336)年、およそ今を去る650年の昔であります。

このような事情で明願寺が創建され、私たちの先祖の遺族が門徒となって護持し、お寺を盛り立てて来られましたが、お寺として形態の整った御堂が建立されたのは足利の室町幕府の勢力が弱まった大分後年のことでございます。

このように古賀大膳太夫殿を初代として、その後後裔の方々が代々の住職になられ、そしてその時以来の遺族が門徒となり遂に今日の第28代の新住職、古賀祐法師の代となったものであります。

明願寺の歴代住職名

初代 實念 後醍醐天皇の御代、建武2年、古賀大膳太夫出家して菊池一族を弔うため中六田(高田町中牟田に庵を建てる(650年前)。

2代・3代・4代  3代郎党の間で世襲する。

5代 定念 御奈良天皇の御代、天文11年、この時、現在地に堂宇を建立。当初は禅宗で開基したが、建立の際、東本願寺證如上人から阿弥陀仏の御絵像を授与され真宗東本願寺の末寺となる。

6代 宗西
7代 祐念
8代 浄圓
9代 行念

10代 祐正 元和2年5月、宣如上人から御水尾天皇の御代からに始めて大谷派明願寺の寺号と御本尊  阿弥陀如来の立像を授与される。続いて11月9日、御絵仏様を授与される。
        願主 祐正、製作 月香、施主 石井隼人、栗津勝兵衛。

11代 祐智 
12代 宗茖
13代 祐哲
14代 祐讃
15代 祐巌 寛延2年、祖師聖人の御絵像の授与を受ける。
16代 慧巌
17代 祐法
18代 密門
19代 至巌
20代 頓蔵
21代 得髄

22代 融圓 片平の極妙寺から養子。明治天皇の御代、第22代 、見如上人の時、御本山の別院を四日市に建立する予定であった木材が小さすぎるということで、別院の用材にならなかったので、相談して譲り受けた木材で再建したのが現在の明願寺の本堂である。
        その時は、9間4面の用材であったが、8間4面とし当初は萱葺であった。
        昭和  年、瓦葺にする。明治19年着工、明治22年4月上棟、総﨔である。

23代 義圓
24代 融照
25代 知空 日露戦争、沙河の激戦で戦死。

26代 知然 明治36年10月4日得。昭和27年5月28日、依願免職(70歳)。
        昭和27年3月30日、宗教法人として登記完了。

27代 知昭 昭和11年4月10日得度。昭和27年5月28日、住職となる。
        昭和59年11月6日、依願免職(70代)。

28代 祐法 昭和42年7月7日得度。昭和59年11月6日、住職となり現在に至る。

蓮如上人五百回御遠忌  開基四百五十六年記念事業 現本堂建立百八年
    
明願寺本堂修復顕彰記念碑  


着工 1999年5月1日   完成  2000年11月30日 

  









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by kusennjyu | 2012-07-28 04:32 | みやま市の歴史 | Comments(0) |Topに戻る
2012天然樟脳づくり(150年の歴史の内野樟脳)・千寿の楽しい歴史
天然樟脳づくり(150年の歴史の内野樟脳)   

平成24年7月26日午後にみやま市瀬高町長田の内野樟脳を訪問しました。

長田地区には10軒も樟脳製造所があったというが今ではここのみになってしまった。

産業遺産を語る。  北嶋柚香子さんの文章から。

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樟脳(しょうのう)は、樟で作る天然防虫剤ですが、樟がアジアの一部でしか育たないため、古くから珍重されました。

明治維新後は、薬・香料・セルロイドの原料とされ、日本では国の専売品とし大量生産しました。

そして、今また、唯一の天然防虫剤や癒しのアロマとして再び注目されようとしています。

福岡県南部を流れる矢部川のすぐ側に、「内野樟脳」はあります。

幕末から続く工場で、古来の製法で天然樟脳を作っています。昨年4代目の内野清一さんが亡くなり、現在は天然樟脳を守る会の人たちが集まり、妻の内野和代さんと一緒に作業をしています。

工程絵表  番号は下の写真説明に使用します。

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左~①楠木を輪切りしたもの   右~150年前はこの鉋で上のチップ状に削っていました。
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左~②円盤削切機・80年前から使用しています。 右~③に集まる削られたチップです。この形に削られるから良い樟脳が出来上がります。

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左~④蒸釜  右~竃(蒸気が蒸釜の下へ移動して蒸します。)

燃料は④で蒸して乾燥したものを2階から入れます。

チップを蒸釜に入れて10時間ほど蒸します。(これを3回繰り返します。)

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左~⑥蒸気のパイプを水で冷す。  右~⑥で冷された後、パイプで⑦に移動して、再度、水で冷します。

水で冷す工法を土佐式製脳法と言います。この方法により能率が上がり、生産量が多くなりました。

この以前は大きな壷を逆さにして蒸気を入れて冷えて固まったものをこさぎ取っていました。

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槽に樟脳と油が混ざった物が、シャーベット状に浮かぶ。(最初は、金色だった樟脳をすくうと上から白くなっていくから不思議です。感触はシャリシャリと蜂蜜が固まったようです。)

左~⑨圧搾機(明治時代のもの)日本専売公社から譲り受けたもの。   右~⑨の蓋を開けて中を見る。

明治時代は、シャーベット状で出荷して、日本専売公社に何台も圧搾機が並んで圧搾して製品にしていました。

約6トンのチップから、出来るのはたった20kgくらいです。

そのかわり、自然のエキスをいっぱい吸い込んだ「貴重な香り」です。

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昔の道具類  今は使われていません。

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⑩釜で焚かれた後の灰は肥料などとして使用します。

西日本新聞 平成22年12月22日記事より。

明治時代は輸出品の主力で全国に製造書があったが、約50年前に化学合成品の樟脳が普及し始めると、製造書は次第に姿を消し、今では内野樟脳と、内野さんが技術指導した宮崎県日向市内のケ所だけという。

天然樟脳は、化学物質アレルギーがある人の肌に優しく、香りはリラックス効果もあるため、近年その良さが見直され、販路は全国に広がる。





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by kusennjyu | 2012-07-27 14:06 | みやま市の産業 | Comments(0) |Topに戻る
道の駅みやまの工芸品コーナー・千寿の楽しい歴史
道の駅みやまの工芸品コーナー   7月24日

和ろうそく  荒木製蝋

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和ろうそくの灯火と芯

和紙のこよりにいぐさから取り出した髄(ずい)と絹糸をぐるぐる巻いた太い芯が、しっかりと火を灯す。
和ろうそくの灯火がゆらぎ、見つめていると心が和んできますよ。

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きじ車

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花火  筒井時正玩具花火製造所  

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子どものころに遊んだ懐かしいの線香花火。パチッパチッと力強くはじける花火。

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左~きじ車御守   右~泳ぐ花火

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by kusennjyu | 2012-07-26 12:06 | Comments(0) |Topに戻る
八女の道路寸断(豪雨の爪痕 いまだ深く)
八女の道路寸断(豪雨の爪痕 いまだ深く)    西日本新聞より

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八女の災害附近図

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市や県八女土整備事務所によれと、市内で全面通行止めが続くのは23日現在、

国道1カ所、県道20カ所、市道約200カ所で、黒木町と上陽町、星野村に多い。

赤い迂回路が記入されているが、北側は耳納スカイライン(発心山・耳納山地)へ上がり、下らなければならない。そして、帰りも同じで往復するだけでも、時間がかかる。早く、復旧を願うが、見通しが立っていない。

下は施設は使用できるが、安全なアクセツがないために休まなければならない。

ふるさと池の山キャンプ場さんからの近況連絡から。

八女市に残る大きな爪痕。。。

このたび9月2日まで、休館致しますことを、決定せざるえなくなりました。

真夏の一番の繁忙期を、休まないといけないのは、本当につらいです。

キャンプ場は、まったく被害はありません、いつでも営業できる体制は、整えております。

が、しかし安全に来れるアクセスの確保ができない、という理由で、一般財団法人全施設(星の文化館・茶の文化館・池の山キャンプ場・星のふるさとグラウンド・ゴルフ場・森の工作館・星野温泉池の山荘きらら)、が・・

... 9月2日まで、臨時休館といたします。交通アクセスが整い次第、営業できる体制を整えております。皆さんご了承とご協力をお願いいたします。

また、ご予約いただいてたお客様に大変なご迷惑をおかけいたしましたこと、誠に申し訳ございません。

早期のアクセス回復を、祈り、またのご利用をお願いいたします。

早く生活ライン(道路・水道・電気など)が復旧することを願います。










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梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2012-07-25 08:09 | 出来事・生活 | Comments(0) |Topに戻る
豪雨被害再開めど立たず・平成24年7月24日
豪雨被害再開めど立たず  平成24年7月24日

柳川市三橋町中山地区(沖端川決壊)

復旧中の中山小学校と中山保育園

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まだ泥土が積もった土地と壊れたビニールハウス

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今日は最高気温34度だが、外気温はこれ以上にあがっている。道路はほぼ泥土の取り除きは終わっているが、今度は泥が乾燥して埃が舞っている。

家の中の後片付けをしているところもある。ボランティア活動が終わったのか、作業をしている人が少ない。

のどと心を潤す商店  自らも被害、翌日は営業    西日本新聞より。

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上の写真  小川知事と中川防災相が現地視察    うきは、八女、朝倉の被災地

園舎床に泥が堆積  遊具の一部も流され   西日本新聞より。

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みやま市瀬高町本郷地区(沖端川決壊)

友人の家に行ったら、昨日で災害復旧本部が解散してボランティアもなくなり、後の片付けをして、残りのゴミは自分で業者などに頼んでするように言われたそうである。

家の中の床下と庭に堆積していた泥は取り除かれたが、床板は泥が付き雑巾で拭かないと住まわれない。

昨日は床に新聞を敷いて寝たが、寝付かれなかったという。

横の水路にはゴミが浮き、泥が1mくらい堆積している。次の大雨が降れば、また浸水することは分かっている。

行政は、住民が困っていることが本当に分かっているか疑問を感じる。

矢部川の復旧(瀬高橋附近)

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大木が流れて来て、あちこちに残されている。又、川には堆積しているのを機械で掘りあげている。








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by kusennjyu | 2012-07-24 18:02 | 出来事・生活 | Comments(0) |Topに戻る
2012金助坂の由来(黒崎物語)・千寿の楽しい歴史
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金助坂の由来

黒崎物語(平成9年発行より)

明治時代までは、黒崎山と甘木山は嶺続きで、柳川と大牟田を結ぶ主要道路といえば、渡瀬を経由して三池に至る道路しかありませんでした。

しかし、明治34年には矢部川下流の中島に浦島橋が架設されたこと、併せて大牟田の都市化が急速に進みつつあったことなどから、海岸方面にも南北通じる主要道路が必要になってきたわけです。

ところがその障害になっていたのが胸を突くほどの難所と嘆かれていた黒崎山と早馬さん道路でした。

当時の早馬さん道路について山下長次郎さんの「手鎌誌」には「竹や樹木がウッソウとしていて、昼なお暗く、ゴロスケ(梟・ふくろう)が鳴き、また時には追い剥ぎも出る物騒な所で、洵に凄然たる竹木のトンネルであった」と記してあります。

こうしたことから、荷馬車が通れるような、まともな道路、金助坂の建設が始まったわけです。

はじめは鷺山の住人で運送業をしていた金助さんこと山崎金左衛門さんが、丁稚を使って仮橋を架け細々と山道を拓いていたらしいのですが、大正時代に入ると村費で山道の切下げ工事が行われるようになりました。

又、大正5年にはこの道路が郡道に昇格、大正8年から2間半幅の本格的な道路工事が行われることになり、手鎌の小宮初五郎さんが請負って翌9年に完成いたしました。

古老の話では、完成記念に金助坂の北側に東京相撲が行われたそうで、大変な賑いであったと語られております。

なお、金助坂、金助橋と呼ぶようになったいわれは、金助さんと呼ばれていた山崎金左衛門さんの先駆者的な功労と協力に感謝して、その名を残す意味から命名されたといわれております。

潮湯(古老は語る)
 
a0137997_1201689.jpg大牟田市の著名人が黒崎の思い出を語られる時には決まって潮湯の話が出てきます。それほど黒崎の潮湯は有名でした。

もちろん黒崎の突端にあった坂口ツモさん経営の潮湯旅館のことですが、旅館の壁一杯に描かれていた鶴惣一さん(往時の衆議院議員)の達磨の絵、2階から眺める有明海の素晴らしさ、そして効能あらたかな潮湯の評判が広がって繁盛していました。

とくに不知火見物のときなどは満員札止めになるほどであったそうです。しかし、この潮湯旅館も三池干拓の潮止めによって昭和30年末には廃業されました。

古老の話では、他にも海岸沿いに2軒の潮湯があったそうです。1軒は、旧岩松のところで、中島東蔵さんが経営されておったそうですが、何れも明治時代に閉じられたそうです。


黒崎遠足(古老は語る)

a0137997_1159470.jpg今から50年ほど前までの黒崎山は、背の高い松林に覆われ、ジワジワジワと鳴く松虫(春蝉)の声がうるさいくらいだった。地面には松葉のジュウタンが広がり、マンゴロ(松ぼっくり)が至るところに転がっていた。

松林の中には5・6軒の茶店があったが、店には串団子や黒崎ガラガラ、ラムネなどが売られていた。

菜の花が薫る春ともなれば、大牟田市はもとより三池郡、山門郡からも小学生の黒崎遠足の群れが訪れ、多い時には山一杯はちきれるほどの賑わいであった。子どもたちの遠足には父母が訪れるので、地元では青年団が自転車預かり、むしろ組合がゴザを貸し出していた。

弁当を食い終わった後、子どもたちは三々五々、下の海岸に降りてきて、珍しい貝殻を拾ったり、ムツゴロウを追い回したりして遊んでいた。今でもその光景が脳裏に焼き付いていて忘れられない。

それにしても、あの見事な松林、そして美しかった海岸や岩松が、今は見られなくなってしまったことは、返す返すも残念で仕方ない。








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by kusennjyu | 2012-07-23 12:00 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策 | Comments(0) |Topに戻る