千寿の楽しい歴史
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佐久間象山・長野市の先人に学ぶ(平成23年に生誕200年)
佐久間象山・長野市の先人に学ぶ(平成23年に生誕200年)   「八重の桜」に登場しました。

平成25年10月8日に松代城下町の散策(旅行にて) どういう人でしょうか? 

佐久間神社  横写真はクリックすると拡大します。

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父母の愛にはぐくまれて   幼年時代

啓之助は、江戸時代も終わりの頃、文化8(1811)年2月11日、信州松代藩10万石の城下町、松代の浦町(今の長野市松代町有楽町・うらまち)に生まれました。

家の裏には、象山(ぞうざん)という山を背負い、近くを神田川が流れる静かな地です。

父の一学(いちがく)は5両5人扶持という身分の低い侍でした。仕事は藩の側右筆(ゆうひつ)兼、表右筆の組頭でした。

とくに儒学の大家で、仁・義・礼を大事にし、自分に厳しく、啓之助にも厳しく、小さい頃から儒学をしっかりと教えました。

父は、毎晩のように易経の経義の研究に打ち込んでいました。啓之助は、いつもそんな父の側にいて、父が筮竹を数えて算木を並べるのを見ていて、六十四の陰陽の組み合わせを覚えてしまいました。

藩主 幸貫(ゆきつら)との出会い  

啓之助は元服の式をあげ、佐久間家の跡継ぎとしての届けを藩に出しました。

すると、幸貫から啓之助に、挨拶にお城に参上するようにとの知らせが来ました。父からの3年間の謹慎を受けていることを聞かれました。

10年分の本を読もうと思っています。数学も学んでいます。数学は私にとっては兵法です、答えます。

学者への道を歩む  江戸遊学

14歳の時には、藩の儒学者の竹内錫命(しゃくめい)先生の門に入って詩文を学び、翌年には、易学も身につけました。

16歳の時には、藩老の鎌原桐山(かんばら・とうざん)先生の門に入って、経書を中心に学び、以後8年間にわたつて教えを受けました。

18歳の時、父の一学が倒れ、家督を譲り受けました。

天保2(1831)、21歳の時には、幸貫に才能を認められて、幸貫の子、幸良(ゆきなが)の近習役となりました。

父は天保3(1832)年、77歳で亡くなりました。

23歳の時に江戸遊学の許しが出ました。しかし、江戸までの旅費がない啓之助は、家老の矢沢家にお願いしてお金を借りるようにしました。抵当は身につける学問という理由で快く引き受けてもらいました。

江戸ではお茶の水の昌平坂で、湯島の聖堂と呼ばれ、中には孔子像を祀る堂がある、学問にふさわしい静かな所です。学頭は佐藤一斎(さとう・いっさい)先生です。

一斎先生の話の中には、陽明学が出てきます。陽明学は、中国の儒学ですが、学んだ知識を実際の行動に移していくという生き方を教える学問です。

天保7(1836)年、3年間の年月が流れ、26歳の時、藩に帰って藩の子弟の教育に携わりました。

松代に帰った啓之助は、「象山」という号を用い、28歳の時、名前を「修理」と改めました。

象山書院 開設

天保10(1839)年、29歳の時、再び江戸遊学が許され、江戸へ出ました。

江戸では一斎塾に入りましたが、神田のお玉ケ池に「象山書院」という私塾を開き、多くの門人をかかえました。江戸で、学者としての第一歩が始まったのです。

象山の教育方針は、世の人々の好評を受け、「象山書院」を訪れる弟子が後をたちませんでした。

天保11(1840)年正月、「江戸名家一覧表」の中に初めて象山の名前が出ました。
毎年正月に売り出される有名な学者、書家、絵かき、俳人、歌人など千余名の名前をのせた番付一覧表です。

天保12(1841)年、31歳の時、「望岳腑(ぼうがくふ)」という詩文を書き、富士山の雄大で気高い姿を讃えた文の中に、自分の抱負と大志を述べています。

この有名な腑を刻んだ碑は、今も象山神社に残されています。

次は「西洋の研究」から紹介します。








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by kusennjyu | 2013-10-31 20:56 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2013太平洋戦争の遺跡・松代象山地下壕(長野市松代町)を見る・千寿の楽しい歴史
太平洋戦争の遺跡・松代象山地下壕(長野市松代町)を見る    

平成25年10月8日

この見学は私たちが7日から9日のツアーに組み入れられたもので松代は真田家の城下町です。

普通のツアーでは行かないコースです。8日に歴史の町松代散策(佐久間象山や真田家の城下町)で宮坂酒造店の店員さんがボランティアガイドで案内してくれました。

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地下壕に入る(約200m)

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松代象山地下壕とは   パンフレットより。

a0137997_6053100.jpg太平洋戦争末期、本土決戦の最後の拠点として大本営、仮皇居、政府機関などを移す目的で軍部によって極秘のうちに、建設されたのが松代大本営地下壕跡で、主に象山(一部公開)、舞鶴山(現気象庁精密地震観測室)、皆神山の3か所に約10kmの地下壕が碁盤の目のように掘削されました。

本格的工事は、昭和19年11月11日の発破(ダイナマイト)で開始され、全体の7割方が完成しつつありましたが、終戦(昭和20年8月15日)によよって、工事は中止となりました。

この9ケ月間の突貫工事には、当時の金額で約1億円とも2億円とも言われる巨額が投じられ多くの朝鮮の人々や日本の人々(当時の中等学校生徒や国民学校児童も含む)が動員されたと言われています。工事の様子や動員された人々の実態は、詳しく分かっていませんが、犠牲者も出たと言われています。また、昭和20年4月には、工事を進めるため、軍部は舞鶴山周辺の西条地区の人々に強制立ち退きを命じています。

象山地下壕は、政府機関・日本放送協会・中央電話局などに使うための施設で、計画の約80%の掘削が終わっていました。壕内には、岩に刺さったままの削岩機ロッド(鋼製棒)やトロッコの枕木の跡、落書きなどがあり、太平洋戦争の遺跡として多くの人々にこの存在を知っていただくため平成元年から一部を公開しています。

次回は佐久間象山を紹介します。






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by kusennjyu | 2013-10-31 06:30 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2013上内地区を訪ねて2・千寿の楽しい歴史
上内地区を訪ねて2

平成25年10月22日午後

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立花内膳家

初代立花内膳政俊(宗繁)は、高橋統増(むねます、・後の立花直次、三池藩祖)の3男として生まれた。

父統増の兄統虎(後の立花宗茂、柳川藩主初代)は伯父に当たる。

次弟忠茂は出生と同時に宗茂の養子として迎えられ、後の柳川藩2代藩主となった。仙台奥様として有名な法雲院殿照夫人(鍋姫)は忠茂の後室であった。

政俊は、島原の役に戦功があり、上内に1千石の禄を受け、これを知行した。以来、明治維新に至るまで子孫10代にわたって、良く民生に努め、治績をあげた。

柳川藩では、立花帯刀(たてわき)及び立花内膳の両家を藩主家に次いで「御両家」という。

立花内膳家邸宅跡     大牟田市大字上内字屋山

内膳家邸宅は約50年前一部を移転改修して住宅とし(島村邸)、跡地は旧バイオファクトリーが建設された。

邸宅跡に隣接して、みかん栽培農場の「橘香園(きっこうえん)がある。

橘香園は、立花寛治(ともはる・柳川最後の藩主立花鑑寛の子、立花家農場の経営者)が大正11(1922)年に開園した。味の良さで知られる上内芝尾みかんのルーツは、ここでみかん栽培を始めたことによる。

左~内膳家10代立花弘樹の肖像と明治初期頃の住宅   右~昭和末期頃の住宅

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立花内膳家の墓地(市指定史跡)

上内字樺、法輪寺(廃寺)境内にある。第2代種俊から第10代種整(弘樹)に至る当主や家族の墓石、大乗妙典供養塔や石燈籠がある。初代政俊の墓は柳川台照院にある。

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法輪寺(廃寺)入り口の記念碑

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椛公民館横のお堂と地蔵像

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法輪寺(廃寺)

内膳家第2代種俊(雪閑)が延宝8(1680)年、黄檗(おうばく)10哲の一人鉄文(てつもん)禅師(柳川福厳寺開山)に請て法輪寺を創建、同家累代の菩提寺とした。現在は廃寺となっている。

上内村百姓逃散(ちょうさん)

上内村百姓逃散とは、享保13(1728)年11月に上内村の百姓138人が、家内妻子ともに総勢600余人が、凶作と年貢負担による生活困窮から、大挙して隣村の肥後領南関へ集団脱出した事件である。

享保年間は全国的に気候不順が長期にわたり、柳川藩領でも、長雨と、虫害・旱ばつによる凶作の年が続いていた。

逃散に対して柳川藩では肥後藩と折衝し、また幕府とも連絡をとり、善後策を講じていたが、時の内膳家当主第4代種命は江戸へ赴き、藩を通して幕府との折衝に当たっていた。

その結果、逃散百姓たちも全員上内村に連れ戻されたが、厳しい取り調べの結果、その指導者12名に死罪が言い渡され、翌享保14年9月26日に処刑された。処刑者の俗名・法名・部落名が上内の春光寺の過去帳に残っている(先年、春光寺の火災により消失。)

また、郷役・庄屋も事件を引き起こした責任を問われ、村外追放及び家財没収などの厳しい処分を受けた。

一字一石塔

享保年間におきた百姓逃散事件の犠牲者や、大飢饉の餓死者を供養するために、立花現成院(第4代種命の妻)が汐井川に面して天明元(1786)年に建立した。

一字一石塔とは、ダゴ石一個一個に法華経の一字一字を墨書して埋蔵供養したもの。

                                              終わります。






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by kusennjyu | 2013-10-30 14:13 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策 | Comments(0) |Topに戻る
2013上内地区を訪ねて1・千寿の楽しい歴史
上内地区を訪ねて1    

平成25年10月22日(火)午後

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上内八幡宮

説明を受ける

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上内八幡宮

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宗繁神社(上内八幡宮の境内)

文久3(1863)年、始祖立花内膳正俊(宗繁)200年忌に当たり、第9代種生が「正俊神社」の神号を受け、村社八幡神社の側に社殿を創建した。社殿・中門・拝殿からなっている。

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春光園   山号は松花山。浄土真宗大谷派。
 

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慶安4(1651)年、内膳家初代正俊の建立。

明和6(1769)年、第5代種房のとき本堂再建。大正11(1922)年に本堂消失。昭和40(1965)年、再度の火災により消失した。(百姓逃散刑死者を記載した過去帳も消失した。)

記念碑(寺公民館横)

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百姓逃散事件で処刑された勘六の墓

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橘香園(きっこうえん)

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立花寛治(たちばな・ともはる)が大正11(1922)年に開園した。味の良さで上内芝尾みかんのルーツの地。

次回は立花内膳家と上内村百姓逃散について紹介します。








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by kusennjyu | 2013-10-28 20:12 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策 | Comments(0) |Topに戻る
苦くて、甘い(希望の茶)・NHKテレビより
苦くて、甘い(希望の茶)   平成25年10月25日午後7時30分放送NHKテレビより

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玉露

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後姿

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土の中から新芽
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ボランティア

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感謝祭と撮影終了

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今年の花火大会と終わり

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ありがとうございました。





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by kusennjyu | 2013-10-26 18:58 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る
2013八女福島の白壁の町家探訪(堺屋・旧木下家住宅)・千寿の楽しい歴史
八女福島の白壁の町家探訪(堺屋・旧木下家住宅)   

平成25年10月20日(日)午前中

見学できる公共施設(堺屋・旧木下家住宅)

代々酒造業、山林業で栄える。離れは明治39年から3年かけて落成。京風な趣がある。

市が修復整備して平成4年オープンする。

東(ひがし)京町に「堺屋」という民家がある。明治末期の木造平屋です。

蹲(つくばい・手洗鉢)が水琴窟の仕掛けになっている。折り上げ様式の天井、黒柿の床柱、妻飾りの鏝絵などが見所です。

「妻」とは建物の長手方向の端で、棟と直角の壁面のことです。この壁面に家紋や鶴、亀、鷹などを絵画的にデザインして漆喰(しっくい)で浮彫りにしているのが鏝絵です。
 
堺屋は「一富士、二鷹、三なすび」となっています。

堺屋の鬼瓦(堺という字と家紋)

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鬼瓦が競う

旧福島町の町家で、一番よく旧型を残すのは屋根で、大きな棟の両端に定紋(じょうもん)や屋号の入った鬼瓦を飾るなどして町家の特徴を出している。

青空と白壁に映えながら大きな鬼瓦がそれぞれの意匠を変えて競う状は壮観であり美しい。裕福な旧福島町を高らかに誇っているようである。

鏝絵(こてえ)

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こて絵(鏝絵・こてえ)とは、日本で発展した漆喰を用いて作られるレリーフのことである。左官職人がこてで仕上げていくことから名がついた。

北側上がり口から座敷を望む

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座敷(一富士二鷹三なすびが隠れています。行った時に後の2つを探して下さい)

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座敷天井

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南側庭園

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水琴窟   

水の量が多すぎても、少なくても鳴りません。カーンという音が快く響きました。

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南門から外堀に架かる石橋を渡り道路に出る。南側から見る屋敷の景色。

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道路南側にも屋敷が続き、外堀に出る門がある家は珍しい。

南側外堀とはね出し水汲み場

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枡形跡   右の写真の道路標識まで北側建物があり、前方が直線に見えないようにしていた。

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枡形”とは、戦国時代の 築城レイアウトの手法で、城内の一の門と二の門の間にある”鍵形”通路の配置を言い、進入してくる敵軍を妨げる効果がある。

これが戦国時代以降の城下町や宿場町等の道路ルートの設定に応用されて街全体で、敵の進入の防御力を高めているのである。

商人型と職人型

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商人型 2階表が倉庫で単窓の鉄板戸・土戸が入る。

職人型 2階表が部屋(居室)で連窓となる。

もやい壁

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間口の狭い町家では隣家との間に生じた半間ほどの雨落ちの「せどい」に平入りの屋根を架け、「もやい壁」を編み出し、表半分は通りニワから、裏半分はヘヤから互いに狭い空間を利用し合った。

ありがとうございました。八女福島の町家探訪を終わります。






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梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

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青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

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by kusennjyu | 2013-10-26 04:42 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る
八女福島の白壁の町家探訪(お茶のこのみ園)
八女福島の白壁の町家探訪(お茶のこのみ園)     平成25年10月20日(日)   天気:晴れ

横町町家交流館   元、道路をはさんで東西に高橋酒造がありました。

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通路   通路をはさんで事務所と酒工場があり、通路には裏から酒などを台車に乗せて運ぶための線路が残っています。

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台風で倒れた赤レンガの煙突が北横の建物に倒れ落ち解体して現在は空地になっています。

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このみ園店舗北側蔵および茶保管冷蔵庫、左奥再製工場、右奥ブレンド室  明治後期と昭和初期増築   上の写真で赤レンガ煙突の奥の建物

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このみ園は八女地区で最初に冷蔵庫を導入いたしました。昭和初期に導入した冷蔵庫は、断熱材に大鋸屑を用いており、壁はすべて木製となっています。

現存する茶保管用木製冷蔵庫としては福岡県下では最も古く、審査やブレンドを行う部屋もあり、すべて蔵づくりでの作業所となっているため、往時の雰囲気が漂う独特の工房となっております。

許斐円児家(許斐・このみ本家)

創業慶応元年、矢部屋と号し、製茶問屋、輸出茶商を営む。

左側木造部は茶の審査場。屋根瓦は中央部は少し低くなっているが、昔のままの復元されたもの。

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守るべき茶商の魂。

当時「日除け」は輸出を行っていること、厳しい審査をしていることの象徴として、茶業者は競っておきなものを設置していたという。

さらに産地で製茶された荒茶を拝見し、再製するために必要な設備であるため、いわば高品質の製茶技術を持つ業者の象徴だった。

八女茶の名付け親である許斐(このみ)本家の「このみ園」は八女和紙の上で炭火焙煎する昔と変わらぬ手間隙をかけた伝統的製法「培炉(ほうろ)式培煎茶」の懐かしくまろやかな薫りとともに、茶業者としての看板であり、茶商の魂である日除けを守り続けている。

八女茶の名前の由来

大正時代末期まで 当地方の茶は「筑後茶」「笠原茶」「星野茶」等々複数の名称で呼ばれておりました。

一般に「八女茶」と呼ばれるようになったのは、大正14年からです。

当時、福岡県八女郡福島町 (現在の福岡県八女市本町) で開催された 物産共進会 茶の品評会の部の席で、当地域の蒸製緑茶の優れた品質を確信できた茶業関係者たちに対し、3代 許斐久吉 (当時 八女郡茶業組合長) は、当地方の蒸製緑茶の特産化として 「八女茶」 の統一名称を提案し、満場一致で可決されたことでその名が広まりました。 

一階の畳間と箱階段

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一階からの景色と中庭

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二階からの景色

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二階座敷   店舗と蔵の中間にある。

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座敷の床の間の「朕くぐり」  5代将軍・徳川綱吉(戌公方と呼ばれた)が「生類憐みの令」を出したとき、特に犬が保護された時の建物の造りの名残だそうです。

二階座敷の欄間と柱の飾りもの

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堺屋(旧木下家住宅)へ続きます。






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梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

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青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

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by kusennjyu | 2013-10-25 07:29 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る
八女福島の白壁の町家探訪・千寿の楽しい歴史
八女福島の白壁の町家探訪     平成25年10月20日(日)午前10時~11時30分。

この企画は、「愛しき大地・愛しき八女」へ参加した者だけの特別限定企画でした。

9コースの中から私は「白壁の町家探訪」を選びました。私と女性の方の2人だけでした。

中島さん(建築士)が説明案内され、町家の2階まで上がり内部の説明などがありました。

八女福島の町並み案内図

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福島城下空間復元図(貞享5年)

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「おりなす八女(元福島城本丸跡地)」を出発→八女市役所(二ノ丸跡地)→南側の道路へ出る(道路の南側に建つ建物は元の掘割の跡地)→東へ進み「市役所前信号」から南へ進む。

左~西勝寺(ここから町並みに入る)   右~居蔵の腰壁の青石張り(雨落ちで壁の崩壊を防ぐ)

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町家の外観類型

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上の段左から居蔵妻入型・居蔵平入型・居蔵鉤屋型。

下の段左から真壁妻入型・真壁平入型・真壁草葺型。

一番美しい町家の風景

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高橋家住宅(福島神社へ入る角地・2軒続き)  (左~西側入り口側  右~南横側(参道通り側)

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一階内部

吹き抜けと障子

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吹き抜けは一階の仕事場から二階の物置への荷揚げと風通しを考慮した造りです。

障子の狭い間隔は中が暗く外が明るいので、中からは良く見えるが、外からは見えにくい構造です。

左~半間の回り箱階段   右~隠し階段(天井板を二階から開ける仕組み)

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うるおいと通風・採光を配慮した中庭    他の住宅も同じ位置に中庭を作っています。

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二階座敷  店の奥の二階に造る   右は移動式の敷居で、部屋を広く出来るようにしています。

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二階の吹き抜け(荷揚げが便利なように低い腰壁で上には壁がない空間になっています。)

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天井組み

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南側の横くぐり戸

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外の飾りもの(屋号・鶴・ねずみ・亀)

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続きます。






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by kusennjyu | 2013-10-24 07:01 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る
九州北部・山口島根豪雨災害復興支援チャリティコンサート(後編)
北部・山口島根豪雨災害復興支援チャリティコンサート(後編)

平成25年10月20日(日)午後1時30分開演    おりなす八女(大ホール)にて

QunQun

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福岡大学付属若葉高等学校  世界一のダンスを。

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新しいものを創り出して行く喜びと集団美を追い求めて40年。

青春をダンスにぶつけて厳しい練習に励んだ結果、ハイレベルで芸術性の高い演技は、観る人に大きな感動を与えています。

東北災害後は毎年、被災地を訪問して演技で元気を与え続けています。

阿修羅

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続きのダンス

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秀岳館高等学校和太鼓部(八代市)  伝承芸能 雅太鼓

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最後の曲目は天皇陛下の御覧なられる会場で演奏することが決定しています。

内容は八代妙見祭りのガメ(亀と蛇が合体した想像の動物)の激しい動きなどを太鼓で現したものです。 

総踊り   全員でソーラン節を踊ります。

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沢山の方に来ていただき、コンサートは成功でした。ありがとうございました。






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by kusennjyu | 2013-10-23 15:51 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る
九州北部・山口島根豪雨災害復興支援チャリティコンサート(前編)
九州北部・山口島根豪雨災害復興支援チャリティコンサート(前編)  

平成25年10月20日(日)    おりなす八女(大ホール)

入場前の風景

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入城開始   九援隊代表の肥後さんもパンフレット配布をしています。

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筑後酒造り唄  田主丸の若竹屋から来ていただきました。

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川崎小学校とあゆみ保育園   ソーラン演舞

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伊藤多喜雄 & Takio  Band

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バンド紹介

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愛しき大地(歌)

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和太鼓 鼓夢

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挨拶 九援隊代表   肥後さん

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テレビ放送紹介 NHK  10月25日(金) よる 7時30分~  「苦くて 甘い」

下のチラシはクリックすると拡大します。

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後半に続きます。









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by kusennjyu | 2013-10-22 12:04 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る