千寿の楽しい歴史
kusennjyu.exblog.jp
ブログトップ
<   2013年 12月 ( 28 )   > この月の画像一覧
|Topに戻る
竹飯八幡宮では竹明かりで初詣を迎えます・千寿の楽しい歴史
竹飯八幡宮では竹明かりで初詣を迎えます      みやま市高田町竹飯  竹飯八幡宮

期間   1日~7日    午後5時から10時まで点灯します。

a0137997_12274150.jpga0137997_122758100.jpg


a0137997_12292978.jpga0137997_12293621.jpg


a0137997_1241386.jpg



a0137997_12424770.jpg



a0137997_1243347.jpga0137997_12431195.jpg


a0137997_1243592.jpga0137997_1244856.jpg


a0137997_12443727.jpga0137997_1244483.jpg


a0137997_12451080.jpga0137997_12452278.jpg


「お・も・て・な・し」   平成26年1月3日午後8時30分に撮影しました。

a0137997_2134852.jpga0137997_2135817.jpg


有志一同が一ヶ月かけて作りました。 良い新年をお迎え下さい。






みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「今年さいごのみやまのニュース、出来事など」

「ありがとう「感謝と絆」和キャンドルナイト」   「身体障害者福祉協会が開くイベントでボランティア」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2013-12-31 12:45 | 出来事・生活 | Comments(0) |Topに戻る
平成25年の旅行と歴史講座を振り返る・千寿の楽しい歴史
平成25年の旅行と歴史講座を振り返る

3月29日   高田町郷土史部研修    内野宿(長崎街道・飯塚市)と田川石炭歴史資料館

a0137997_1137449.jpga0137997_11371526.jpg


6月5日・6日  平戸・佐世保旅行  妻の還暦祝い   ホテルでの記念写真と九十九島めぐり観光

7月27日・28日   八女市矢部村の栗原製茶でお茶作りと品評会

a0137997_12502452.jpga0137997_12503921.jpg


a0137997_11392712.jpga0137997_11395039.jpg


9月5日6日   長崎市・佐世保市  JA年金友の会世話人旅行   長崎平和記念像前と西海橋

a0137997_11431518.jpga0137997_11464489.jpg


9月14日   朝倉櫨フォーラム(朝倉市)    櫨蝋クレヨン作りと講演会及び懇親会   

荒木製鑞社長・田中氏と私の3人でホテルに泊まって帰る。

a0137997_1253321.jpga0137997_12531396.jpg


9月17日と10月16日   柳川市沖端地区郷土研修   北部と南部へ2回に分けて研修を行う。

a0137997_1149415.jpga0137997_11495092.jpg


10月7日(山梨県)・8日(長野県)・9日(浅草寺)観光旅行   忍野・善光寺・浅草寺・スカイツリータワー遠望

a0137997_1153214.jpga0137997_11531499.jpg


a0137997_1155185.jpga0137997_115591.jpg


11月15日  三池史談会研修   福岡市(黒田官兵衛のゆかりの地を巡る)  福岡城跡と鴻臚館展示館

a0137997_1252260.jpga0137997_1253195.jpg


11月27日・28日   柳川郷土研究会研修  大分県(立花宗茂と戸次道雪の誕生の地を訪ねる)

a0137997_1281359.jpga0137997_1282237.jpg


11月30日   大川市郷土史部研修   大川市と佐賀県川副町(佐野常民記念館など)

a0137997_1217527.jpga0137997_12172318.jpg


一年間ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。






みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「ありがとう「感謝と絆」和キャンドルナイト」

「身体障害者福祉協会が開くイベントでボランティア」

 「みやま市の直近のニュースと出来事など」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2013-12-30 12:09 | 旅行記 | Comments(0) |Topに戻る
公武合体へ還らぬ道・佐久間象山
公武合体へ還らぬ道・佐久間象山
  
a0137997_6202184.jpg



象山は松代(長野市)で長い蟄居生活に入った。(安政元年から9年間)

幽閉中、洋書を読む、洋学・軍学・砲術の講義、藩士の来訪、外部者との文通など、閉塞された環境にもかかわらず、象山の知的探究心は衰えなかった。


しなかった。藩庁では象山の勝手な振る舞いに困惑し、幕府にお伺いを立て、象山の身辺警護がより強まった。にもかかわらず象山は、国内情勢、幕閣たちの動静など情報収集や門弟たちとの文通を止めはしなかった。勝海舟が長崎海軍伝習所に勤務したこと、また彼からオランダ書を入手していたこと。蟄居中の吉田松陰から下田踏海事件の推移を記した「幽囚禄」さえ届いていた。

ハリスが下田に着任し、修好通称条約締結を目的に江戸城に入り(安政4年)、将軍徳川定家に面会する。老中首座・掘田正睦は条約締結に傾いた。象山はアメリカ公使の江戸駐在案を危惧した。諸藩の大勢も条約反対の態度であった。ここで大老・井伊直弼が締結を断行する。幕府と朝廷・攘夷派は反目した。井伊直弼は強権を振るい、いわゆる「安政の大獄」を起こす。この件で吉田松陰も死刑させられた。

象山は幕政の行方を座視するわけにはゆかなかった。

象山にとって開国は不可避の策で、海外列強の技術・文明を移入し、日本を列強と対等なレベルに向上させねばならない。攘夷を叫ぶならば、それを達成した上での攘夷であるべきであった。

公武(朝廷と幕府)の調和を図り、天皇の命による開国が必要であった。天皇を戴き新たな統一国家を構築せねばならない。土佐藩、長州藩からの招聘を断ったのも、彼らの攘夷倒幕を読んでいたからである。

このような経緯の中で、象山の赦面の動きが出て、晴れて自由の身となった。

薩英戦争などの敗北で、朝廷も攘夷策からの転換を図る。幕府内では、薩摩藩・会津藩、また中川宮たちによって、公武合体派の政変も起こった。

京都は、今や幕末動乱の震源地となっていた。長州軍と幕府軍は一触即発の状況であった。そんな京都へ、幕府の政治顧問に就いていた象山に、上洛の命が下った。象山は公武合体を実現する好機到来と確信した。

京都では、山階宮、中川宮などと会見し、朝廷に開明、開国の必要性を理解させようと、持論を展開した。しかし象山のこのような動向は、尊王攘夷の過激派にすべて察知されていたのである。

象山が天皇の彦根、さらには江戸への遷座、遷都を計画していた行動が、とりわけ攘夷派を刺激していたことが災いとなった。

元治元年(1864)7月11日の夜、象山は山階宮邸を辞して、馬に乗り帰路についた。高瀬川沿いの寓居へ戻ったところで突然刺客たちが現れ、像山は抵抗する暇もなく惨殺されたのであった。享年54歳であった。

松代藩では、藩主・真田幸教が率いる藩兵200人が、京都警護のため滞在していた。藩士の北沢正誠は象山暗殺の報を知るや、ただちに寓居を訪れ蔵書、文書類をまとめ、散逸を防ぐため勝海舟に託したのであった。

象山は明治維新を迎えることなく、志半ばでこの世を去ったが、幕末史の黎明に果たした業績は、日本の近代史にも深い影響を刻んでいることを忘れたくない。

                                        終ります。




みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「ありがとう「感謝と絆」和キャンドルナイト」

「身体障害者福祉協会が開くイベントでボランティア」

 「みやま市の直近のニュースと出来事など」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2013-12-29 21:29 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
和ろうそくの魅力を伝える女性:矢野真由美さんを紹介
和ろうそくの魅力を伝える女性:矢野真由美さんを紹介

平成25年12月28日午前9時25分からFBSテレビで「九州ドリーミン ウーマン」で放送されました。

久留米の夢見る女性:矢野真由美さん

a0137997_21331221.jpg



a0137997_21341049.jpg



a0137997_21343152.jpg



和ろうそくの魅力は・・・

a0137997_21355163.jpg



a0137997_21362498.jpga0137997_21363224.jpg


a0137997_21365493.jpga0137997_2137288.jpg


a0137997_21371950.jpga0137997_21373182.jpg


a0137997_21375532.jpga0137997_2138315.jpg


a0137997_2138208.jpga0137997_21383183.jpg


a0137997_21385166.jpga0137997_2139192.jpg


a0137997_21345151.jpg



a0137997_2135968.jpg



和ろうそくの魅力を一緒に多くの友だちに楽しく伝えましょう。応援しています。




みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「ありがとう「感謝と絆」和キャンドルナイト」

「身体障害者福祉協会が開くイベントでボランティア」

 「みやま市の直近のニュースと出来事など」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2013-12-28 21:44 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る
高句麗から鞠智城へ 西谷正氏講演2・鞠智城跡の遺構
高句麗から鞠智城へ  西谷正氏講演   平成25年12月22日(日) 九州歴史資料館にて  

鞠智(きくち)城跡の遺構    熊本県教育委員会資料より。

a0137997_5443753.jpg



鞠智城跡からは、国内の古代山城では唯一の発見例である八角形建物跡をはじめとする72棟の建物跡、銅像菩薩立像や木簡をはじめとする様々な重要遺物が出土した貯水池跡、3カ所の城門跡、土塁跡などの遺構が検出されました。

建物跡には、掘立柱建物、礎石建物があり、これらの建物は倉庫や兵舎などがあったと考えられています。

貯水池跡では、木材を蓄えるための貯木場や水汲み場などが見つかっています。

城門跡からは、門の礎石や石積みなどが発見されました。

土塁には、「版築(はんちく)」という当時の朝鮮半島の先進技術が使用されていることから鞠智城にも百済の亡命貴族が関わっていたことが考えられます。

八角形建物跡と復元建物(鼓楼)

a0137997_635864.jpga0137997_641158.jpg


二聖山城・建物配置図   以下3点は講演資料より

a0137997_6285926.jpg



百済の二聖山城には、九角建物址(天壇)と八角建物址(社稜壇)及び長方形建物址(信仰遺跡)という遺跡が発見されています。

百済扶余の防御体制

a0137997_6295198.jpg



大陸からの脅威に対抗する防御施設の建築には、百済からの亡命者が中心になった。そのモデルとして、彼らの脳裏には、百済の故郷扶余のそれがあったに違いない。

扶余山城

a0137997_6302539.jpg



左~貯水池あと貯木場    右~版築土塁

a0137997_11342982.jpga0137997_1135162.jpg


土塁址、貯水池などは鞠智城築城にも使用されている。

a0137997_6364925.jpg銅像菩薩立像

やや丸みのを帯びた顔立ち、三面宝冠、垂髪、天衣(てんね)などが良く表現されている。へその前で舎利容器と考えられる持物を捧げ持ち、やや腹部を突き出した姿勢は横から見ると優雅なS字曲線を描いています。

その大きさ(12.7cm)から、念持仏と考えられ、百済の高官が築城の指揮などで訪れた鞠智城に持ち込んだだものと思われます。

左~木簡  右~軒丸瓦

a0137997_1141166.jpga0137997_11413596.jpg木簡~墨書で「秦人忍?五斗」と書かれている荷札木簡です。上部には左右から切込みが入れられています。この切り込み形状は、大宰府管内の木簡に見られます。 

軒丸瓦~鞠智城からは、平瓦、丸瓦、軒丸瓦が出土しています。その中でも軒丸瓦には、単弁八葉蓮華文と呼ばれる文様が施されています。この文様は、朝鮮半島の瓦の様式を受け継いでいるものと考えられています。


鞠智城の変遷

a0137997_11571051.jpg



a0137997_1158229.jpg



ありがとうございました。終ります。
by kusennjyu | 2013-12-27 12:03 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2013高句麗から鞠智城へ 西谷正氏講演1・鞠智城と古代山城・千寿の楽しい歴史
高句麗から鞠智城へ  西谷正氏講演   

平成25年12月22日(日)九州歴史資料館にて  

鞠智(きくち)城と古代山城    

熊本県教育委員会資料より。

a0137997_11343172.jpg



鞠智城は7世紀後半、今から約1300年前に大和朝廷によって築城された古代山城です。この当時、朝鮮半島では高句麗、百済、新羅の三国の争いに、中国の唐が加わり、緊張状態が続いていました。

660年、唐と新羅の連合軍によって、日本と友好関係にあった百済が滅ぼされます。日本は、百済の復興を支援するために援軍を送り込みますが、663年に白村江(はくそんこう)で大敗し、百済の救援に失敗しm、あした。その結果、今度は唐・新羅連合軍による日本侵攻の脅威にさらされることになります。


a0137997_11344918.jpg



そこで、大和朝廷は西日本の各地に城を築いて防衛体制を強化します。こうして古代に築城された山城を「古代山城」といいます。

日本書記』には、百済の亡命貴族が築城を指揮したことが記載されています。古代山城を発掘調査すると、当時の朝鮮半島の土木技術が使用されたことが確認されています。

九州では唐・新羅に備えてる最前線基地として金田城(対馬)が築城され、大宰府を防衛するために大野城、基肄(きい)城が築かれます。

それらの背後に位置する鞠智城は、防衛施設であったと同時に、食料や武器などを前線に供給するための兵站基地であったと考えられています。

しかし、結果として唐と新羅による日本侵攻はありませんでした。鞠智城はその後、役所的な役割を持つ施設などに変化し、10世紀半ばまで存続しました。

a0137997_1273520.jpg



文献に見る鞠智城

鞠智城が初めて登場するのは『続日本紀』で、698年、大宰府に鞠智城を修繕させたという記事です。

その後、『文徳実禄』には、858年、菊池城院の兵庫(武器庫)の鼓が勝手に鳴ったということが書かれています。この記事から、「鞠智」という字が「菊池」に変わっています。また、菊池城院の不動倉(米倉)11棟が火災にあったと書かれています。長者原や長者山で大量の炭化米等が発見されたことは、火災が起こったことを裏付けています。

そして、『三代実録』に、879年、再び菊池郡城院の兵庫が勝手に鳴ると書かれています。こうした不吉な記事が書かれた後に、鞠智城は文献に登場しなくなります。

a0137997_13302793.jpg



鞠智城の位置

鞠智城は熊本県北部の菊池川中流域(河口から約40km)の山鹿市と菊池市にまたがって所在します。

菊池川流域には、チブサン古墳や弁慶ケ穴古墳など著名な装飾古墳が数多く存在し、全国有数660基(平成24年5月現在)のうち117基もの装飾古墳が集中しています。

鞠智城は、菊池川の北岸に位置する標高140mの米原(よねはら)台地上に位置するため、菊鹿盆地を一望でき、遠くは雲仙島原の山々も眺めることができます。

山鹿、菊池の両市にまたがる広大な菊鹿盆地は、古代から県内有数の穀倉地帯として知られています。また、菊鹿盆地には、官道が通っていたことが想定されています。今日でも多くの幹線道路が縦横に通る交通の要所にとなっています。穀倉地帯であること、交通の要所であることは、鞠智城がこの地につくられた大きな要因だと考えられます。

鞠智城は、大宰府から直線距離でも63kmも離れています。そのため直接的な大宰府防衛の城ではなく、兵站基地であったと考えられています。また、古代山城で最も南に位置し、南方を広く眺望できるという点から、南方の隼人(はやと)への対策という役割があったことも想定されています。

なお、鞠智城の周囲には8,9世紀の古代寺院跡や役所がの跡と考えられる遺跡が確認されています。これらの遺跡と鞠智城がどのような関係にあったのかを調べることも今後の重要な課題です。

続きます。






みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「ありがとう「感謝と絆」和キャンドルナイト」

「身体障害者福祉協会が開くイベントでボランティア」

 「みやま市の直近のニュースと出来事など」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。

by kusennjyu | 2013-12-26 13:55 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2013大注連縄の作り方(みやま市高田町の上楠田神社祭り)
大注連縄の作り方(みやま市高田町の上楠田神社祭り)   

大注連縄作り   平成25年12月23日   山﨑西・山﨑南の30人

かずら   長さ10mを延ばし、叩いて柔らかくしたものを2本揃える。

a0137997_20264764.jpga0137997_20265761.jpg


a0137997_20272242.jpga0137997_20273164.jpg


稲藁   何十輪を使用する。稲扱ぎ機ですいて、芯のきれいな藁と外側の柔らかい藁に分ける。

a0137997_2031869.jpga0137997_20311529.jpg


a0137997_20315170.jpga0137997_2032088.jpg


a0137997_20321965.jpga0137997_20331941.jpg


大注連縄の作り方

竹にくくり付けたかずらを台の上に2本並べる。

a0137997_2035659.jpga0137997_20351782.jpg


すき藁の柔らかい方をかずらに巻く。  6m巻き、だんだんと先細りに巻く。

a0137997_20362639.jpga0137997_2036351.jpg


a0137997_2037752.jpga0137997_20371628.jpg


a0137997_2037386.jpga0137997_20374781.jpg


長い芯のある藁を巻き付ける。

a0137997_20383387.jpga0137997_20384270.jpg


a0137997_20391444.jpga0137997_20392532.jpg


荒縄を巻く。   巻き易いように、荒縄だけを丸く巻き付ける。何回もかずらの周りを移動させ易いように巻く。

a0137997_20413148.jpga0137997_20414038.jpg


a0137997_20431531.jpga0137997_20432464.jpg


a0137997_204343100.jpga0137997_20435215.jpg


a0137997_2044138.jpga0137997_20442116.jpg


a0137997_20444187.jpga0137997_20445152.jpg


a0137997_20451121.jpga0137997_2045195.jpg


荒縄を巻く長さは6m、中央部の太さは40~50cmに巻きます。

12月25日午前5時30分から神事を行う。 (大注連縄にお神酒・米などを供える)

a0137997_2048193.jpga0137997_20481566.jpg


神事が終わり、謡い3番を謡ってから出発する。8人で担いで各家を回りながら、身体健全・家内安全などを祈願して回る。

a0137997_20495078.jpga0137997_2049587.jpg


午前7時に上楠田神社に戻り、参道の楠の木に、大注連縄を飾り、正月の準備を行う。

大注連縄の高さは地上から1m位に下側があり、屈み込んでくぐり参拝することになります。







みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「12月定例学習会(みやまの今年を回顧し十大ニュース決定)」

「Xマス和キャンドル作り体験教室」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。

by kusennjyu | 2013-12-25 20:52 | 九州のまつり | Comments(0) |Topに戻る
みやまいいまち会の平成25年の活動を見てみましょう。
みやまいいまち会の平成25年の活動を見てみましょう。        これは私が参加して写真を撮った一部だけです。

12月23日  キャンドルナイト    ギャラリー喫茶「花の木」にて   

久留米から2人参加、来年2月の和ろうそく作り体験教室(30名)の予約がありました。    

a0137997_15175621.jpga0137997_1518766.jpg


12月例会と忘年会   会員宅にて   夕方より

会員の目から見た「平成25年、みやま市十代ニュース発表」

a0137997_16404261.jpga0137997_16405241.jpg


12月15日  和ろうそく作り体験教室   道の駅みやま

親子で大木町町からの参加がありました。和ろうそくクレヨン絵(自由に描いてもらう)描き。

a0137997_15203264.jpga0137997_1520433.jpg


11月17日  みやま市秋穫祭  荒木製鑞出展にて和ろうそく作り体験教室をしました。

下の女性は鹿児島県からの出席者。和ろうそくを作ったものを持って記念写真です。

a0137997_15285857.jpga0137997_1529996.jpg


11月13日   親子で和ろうそく作り体験教室   清水小学校にて

a0137997_16442871.jpga0137997_1644383.jpg


9月14日   朝倉櫨サミットにて    荒木製鑞社長、田中さん、と一緒に参加する。

a0137997_16475394.jpga0137997_1648197.jpg


9月7日  ゆらっと矢部川 和ろうそく工場を見る(田中氏撮影分)

a0137997_16513299.jpga0137997_16513931.jpga0137997_16514823.jpg


8月11日  和ろうそく作り体験教室

a0137997_1653747.jpg
a0137997_16531651.jpg


8月10日  和ろうそく作り体験教室

a0137997_16543618.jpga0137997_16544522.jpg


6月25日  和ろうそく写真企画展

a0137997_16565656.jpga0137997_1657980.jpg


4月22日   総会及び受賞報告会

a0137997_16593881.jpga0137997_16595236.jpg


総会にて政治学級の代表制にして、代表を田中敬一郎氏に決定する。

会名を「二十日クラブ」から「みやまいいまち会」に変更しました。   

3月19日  みやま市長に受賞報告(有明新報記事)

a0137997_1785148.jpg



表彰状(平成24年度 明るい選挙推進優良活動奨励賞 みやま市政治学級二十日クラブ 平成25年3月11日  明るい選挙推進協会より)

a0137997_1793414.jpg



この他、会代表の田中氏個人では東京で受賞の後、表彰記念講演会を松江市・高知市・福岡市・筑後市などで行っています。

一年間ありがとうございました。来年も応援をよろしくお願いします。





みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「12月定例学習会(みやまの今年を回顧し十大ニュース決定)」

「Xマス和キャンドル作り体験教室」

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。








  
by kusennjyu | 2013-12-24 17:13 | みやまいいまち会 | Comments(0) |Topに戻る
黒船と象山の門弟たち・千寿の楽しい歴史
黒船と象山の門弟たち    佐久間象山と像山神社より

再び象山の姿が江戸府中に見られるようになるのは嘉永3(1850)年です。

この40歳の時期に「象山塾」を開き、主に砲術を講義した。門下には松代藩はもとより、幕末史で華々しく活躍する俊英たちが集いました。勝海舟、津田真道、小林虎三郎、吉田松陰、宮部鼎蔵、河井継之助、加藤弘之、坂本竜馬、橋本左内、真木和泉・・・・・・・

嘉永6年、ペリー提督が軍艦4隻をひきいて浦賀に来航しました。ペリーは開国と通商を求める大統領国書を携え、幕府に強引に迫りました。いわゆる、「幕末」はここに始まります。

象山は藩命によって、小林虎三郎、加藤弘之など門弟たちとただちに浦賀に向かいました。遅れて吉田松陰も後を追います。象山は勝海舟から入手した望遠鏡で艦隊の状況を視察し、その艦船の規模、砲門の数を調べました。

ペリーは実戦態勢を整えていました。それを目前にして象山は覚りました。沿岸に築いた砲台場はすべて役に立たぬ、戦端が開けば幕府は敗れること必定と。すでに幕府に提出した海防策「急務十条」は遅きに失しました。

松代藩だけでも江戸防衛に立ち上がるべきだと、象山は江戸家老の望月主水に進言します。門弟の蟻川賢之助(松代藩士、吉田松陰・小林虎三郎に次ぐ象門の高弟)を大砲掛に推しました。さらに老中首座の阿部正弘(福山藩主)、海防掛の牧野忠雅(長岡藩主)に直談判し、防備の必要性を理解させました。まさに面目躍如の象山の働きぶりでした。こうして象山は軍議役に任命されました。

しかし、ペリーが浦賀奉行に白旗を”贈呈”したことは、武力行使も辞さないという堅い意思の表明であり、結局幕府はペリーの脅威に抗しきれず、アメリカ大統領国書を受理しました。

嘉永7(1854)年1月14日、再びペリーの艦隊は軍艦7隻で浦賀沖に来航し、羽田沖まで侵入しました。条約締結が主眼で、幕府との外交交渉が、横浜に応接所を設け開催されました。小倉藩とともに松代藩も警備を命ぜられ、象山は400人の藩兵を統率する軍議役を務めました。

日米交渉で、ペリーは下田(と箱館)の開港を迫り、幕府も首肯しました。これに異義を唱えたのが象山でした。下田は江戸から遠隔の地であり、戦略的に危惧を抱いたからです。

下田開港策を撤回させようと象山は門弟の小林虎三郎に、海防掛の牧野忠雅(長岡藩主)宛てに建白書を書かせます。しかし虎三郎は一介の遊学藩士、その出過ぎた行為に帰藩、謹慎を命じられました。

幕府はアメリカと和親条約を結び、下田・箱館の開港を受諾したが、再び象山は悲運に見舞われます。吉田松陰がペリー艦隊に乗船し、海外の文明を見聞しようと密航を企てたのです(下田踏海事件)。

事は幕府に発覚し国禁の罪で入獄の身となります。師の象山も教唆犯として疑われ捕らえられました。2人はに下された判決は、それぞれ萩、松代への蟄居でした。裁きの場で2人は顔をあわせたが、ただ軽く会釈を交わしただけであっという。これが2人の永訣の場となりました。

a0137997_20271461.jpg



a0137997_20275438.jpg



象山の門弟たち

勝海舟

a0137997_2029064.jpg1823~1899年。通称は麟太郎。

号の海舟は、象山揮毫の「海舟書屋」に因みます。長崎海軍伝習所で海軍全般に学び、後に海軍操練所(神戸)を設立しました。軍艦奉行を務める。象山の蘭書入手に尽力したり、海外事情を伝声、象山の科学知識獲得に労を惜しまなかった。

1860年、咸臨丸を指揮、幕府使節として渡米する。1867年12月の王政復古後、西郷隆盛と会談、江戸城を無血開城に導いた。妹順子は象山に嫁いでいる。


吉田松陰

a0137997_20385979.jpg1830~1859年。長州藩士。通称は寅次郎。

下田踏海事件で故郷の萩に蟄居。自邸に松下村塾を開く。高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文など維新の英傑たちを育てた。安政の大獄で死刑の身となる。

死去した松蔭は象山宛てに手紙を遺していた。いわば松蔭の遺書である。手紙をたずさえ訪れた高杉晋作はに、象山は「松蔭はあせりすぎた」と語り、落涙したと伝わっている。


小林虎三郎

a0137997_2049014.jpg1828~1877年。長岡藩士。

松蔭とともに「象門の両虎」と呼ばれた。幕政に進言して帰藩謹慎の身となる。後年、三根山藩主から送られた「米百表俵」で国漢学校を設立、長岡の教育発展に貢献する。


蟻川賢之助   

1831~1891年。松代藩士。本名は直方。吉田松陰・小林虎三郎と共に象門の三傑と称された。

象山蟄居の間、江戸で蘭学、砲術調練法を教授する。医術も心得た。幕府の洋銃取調掛、講武所砲銃教授を務めた。元冶元年、藩主真田幸教の京都警護のため従った。明治期戊辰戦争で活躍する。

続きます。






みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 平成25年の世相を一字で表す「今年の漢字」

 「水上小4年生へ木蝋の魅力について講話」
  
みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。










  
by kusennjyu | 2013-12-21 21:01 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
復興支援手造清酒 「伊藤多喜雄 愛しき大地」が出来るまで
復興支援手造清酒 「伊藤多喜雄 愛しき大地」が出来るまで   

醸造本  高橋商店(繁枡)   福岡県八女市本町2-22-1

a0137997_19563017.jpga0137997_19564369.jpg


昔ながらの手法で、蔵人が一丸となって仕事をされておられます。酒造りは日本の伝統文化ですね。

平成25年12月19日 八女市本町の販売元・サトウ酒店に入荷しました。

平成25年12月17日  ラベル貼り  酒瓶のラベルは八女の伝統工芸品の手漉き和紙を使っています。

平成25年12月16日  瓶詰め

平成25年12月5日   搾り

平成25年12月24日  工場見学

a0137997_19575458.jpga0137997_1958571.jpg


a0137997_1959172.jpga0137997_1959928.jpg


a0137997_19592987.jpga0137997_19593811.jpg


平成25年11月17日  留仕込み

平成25年11月16日  仲添え仕込み(工場見学)

a0137997_2002150.jpga0137997_2003260.jpg


a0137997_2011562.jpga0137997_2012272.jpg


a0137997_2014347.jpga0137997_2015074.jpg


a0137997_2021295.jpga0137997_2022276.jpg


記念写真(11月16日と24日です)

a0137997_2025539.jpga0137997_2032058.jpg


平成25年11月15日  踊り

平成25年11月14日  初添え仕込み

平成25年11月11日  酒母出来上がり

平成25年11月5日  酒母仕込み

平成25年10月   精米(酒米は山田錦100%  精米部合55%)

年末年始の宴に笑顔にあふれ、復興の思いが日本中に広がり、新年が皆様に取りまして幸せな年になりますように祈念します。




みやまいいまち会  クリックして見て下さい。

 「トークカフェみやま(12月12日)報告について」

「第2回「感謝と絆」和キャンドルナイトの案内」   「みやまの直近のニュース・出来事など」   

みやま市観光協会公式WEB
梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園    御座敷梅   ユリ展    季節を楽しんで下さい。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2013-12-19 20:11 | 筑後地方の観光と魅力 | Comments(0) |Topに戻る