千寿の楽しい歴史
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石田昌(いしだ・さかえ)・千寿の楽しい歴史
石田昌(いしだ・さかえ)

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石田昌は、元治元(1864)年11月10日、石田昌栄の長男として山門郡鷹尾(現柳川市大和町鷹尾)に生まれました。

石田家は古くは鷹尾八幡宮の社家であったと伝えられているが、幕末から回船問屋を営んでいるが、回船「昌栄丸」の船主として、矢部川流域の物資を長崎に移出し、帰り荷として長崎の外来物資を移入しています。

田んぼもかなり持つ資産家で、俳人石田茂山は五代前にあたります。若くして学問を志し、初め、長崎で漢学を学びましたが、のちに、同じ長崎の諏訪神社神官の丸山作楽(さくら)に師事し、国学を研究しました。

その後、上京して、平田篤胤一派の海上胤平に万葉長歌を学び、当時の神祇伯白川資訓とも知り合う。
故郷に帰って、高良神社宮司の船曳鉄門(ふなびき・てつもん)に師事し、万葉の研究を重ねました。号を松園と称し、万葉風の歌にすぐれ「松園詠草」・「松の落葉」などの歌集を残しています。

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また、多年にわたり、岡山の斉垣内会・福岡日日新聞・久留米の千歳会・柳川の白縫会などの選者としての指導に当たり、渡瀬会・山門会・福岡の福稜会などを主宰しました。

       『六合小学校百年誌』による。

次回は石田昌と高田町の渡瀬会や河野修造などの関係について紹介します。









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梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

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by kusennjyu | 2014-07-31 16:48 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
芭蕉塚・別名 (甍塚)と石田茂山(石田昌の先祖)
芭蕉塚・別名 (甍塚)と石田茂山(石田昌の先祖)

芭蕉塚・別名 (甍塚)   観音の甍見やりつ花の雲

清水寺仁王門上手(高浜年尾句碑の後方、谷の向こう)

芭蕉は、九州への旅を望みながら、志を果たすことなく、元禄7(1694)年、大阪において51歳で病死しています。この碑は、江戸時代末期、柳川藩の俳諧師、石田茂山(現在の大和町鷹尾の人)とその門人たちによって、建てられたものと伝えられています。

その他  碑面は風化が進み、何と刻まれているかは、確認できない。

石田茂山  石田昌(郷土史家・歌人・など)の祖父。  

宝暦元(1751)年正月2日に山門郡鷹尾村に生まれる。文政12(1829)年6月13日に亡くなる。享年79歳。

石田茂山の本名は昌秋で幼名は松之助、後に茂作と改める。松風軒茂山はその号です。

父は多七郎、母は河野半左衛門の娘です。

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地方の風俗はここに面目を改め、みんなから尊敬される。東西の門人数百人におよび、なかんずく赤星鴻庵、田辺雪樵世に知られ、、文政の初年(1818年)に藩公にその名を聞き被布1着を賜う。

京都の清水の奥に芭蕉翁を祀り、後にふるさとの清水に同翁を祀った。これを今も芭蕉塚と称している。

        世渡りや花につれなき斧の音

        傘に雲たゝむ山路や五月雨

        打やりて置と菊咲九月かな

        水に居て水鳥雨をふるひけり

次は石田昌(さかえ)の歌を紹介します。






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by kusennjyu | 2014-07-28 14:03 | みやま市の歴史 | Comments(0) |Topに戻る
田中の踊り山車(江浦祇園)・平成26年7月19日(土)午後
田中の踊り山車(江浦祇園)    平成26年7月19日(土)午後

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ありがとうございました。






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by kusennjyu | 2014-07-23 21:39 | 九州のまつり | Comments(0) |Topに戻る
2014江浦祇園・淀姫神社前へ集まり参拝する(前半)
2014江浦祇園・淀姫神社前へ集まり参拝する(前半)    平成26年7月19日(土)

古町大蛇山車

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二の丸・吉原と古町が出会う

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二の丸・吉原大蛇山車    西鉄大牟田線を渡る

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後半に続きます。







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by kusennjyu | 2014-07-21 17:01 | 九州のまつり | Comments(0) |Topに戻る
江浦祇園・平成26年7月19日準備・千寿の楽しい歴史
江浦祇園・平成26年7月19日準備     

みやま市高田町江浦町にて

古町大蛇山車

倉庫から東部を出して、山車に全員で取り付けます。

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お守りがたくさん貼られています。

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新町大蛇山車

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田中踊り山車

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次は午後からの本番をあげます。






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by kusennjyu | 2014-07-20 20:45 | 九州のまつり | Comments(0) |Topに戻る
水上小学校6年生が地元の先輩から学びました(続き)
水上小学校6年生が地元の先輩から学びました(続き)   講師:坂田富太郎さん   平成26年7月14日午前中

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瀬高に手すき道具の残る家    講師の坂田さんの家です。

溝口(筑後市)の和紙作りの歴史

八女手すき和紙資料館訪問(製造工程)

和紙の歴史を尋ねて(筑後市)   筑後市だけが和紙関係です。

先生や生徒さんにお礼申し上げます。  ありがとうございました。









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by kusennjyu | 2014-07-18 12:02 | みやま市の今 | Comments(0) |Topに戻る
水上小学校6年生が地元の先輩から学びました
水上小学校6年生が地元の先輩から学びました   講師:坂田光広さん   平成26年7月14日午前中

「お染伝説」と矢部川の刎そして地蔵尊について 

坂田さんは地蔵尊の世話のため、毎日、周囲の清掃を行っています。内容はリンクで見て下さい。  

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童話  鳩になったおそめさん  鶴 記一郎著

以下は坂田光広さんの延命地蔵尊保存活動をリンクで綴りました。内容はリンクで見て下さい。

唐尾の延命地蔵   平成23年10月1日に調査依頼を受けて現場へ行きました。

延命地蔵に東日本大震災復興を祈り供養する。   平成23年5月24日午前10時から。  曇り

延命地蔵盆    平成23年8月24日   みやま市瀬高町小田字唐尾

唐尾の延命地蔵尊と水害被害状況   平成24年7月30日午後撮影

唐尾の延命地蔵尊を修復中   平成24年8月3日午後撮影

唐尾の延命地蔵尊が水害被害から復旧   平成24年8月24日  地蔵尊の日。

延命地蔵尊建立の由来の説明板を設置   平成24年12月吉日

このような活動が認められて、生徒の前でお話をすることになりました。







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by kusennjyu | 2014-07-16 20:40 | みやま市の今 | Comments(0) |Topに戻る
鐘崎寛吾(かねざき・かんご)について・千寿の楽しい歴史
鐘崎寛吾(かねざき・かんご)について(三郎の父)

鐘崎寛吾さんは通称を良順(りょうじゅん)と言い、帯雲(たいうん)と号されていました。青木に住まい、天満宮の社僧(しゃそう)となり、後日、大宰府天満宮安楽寺の社僧となられました。

その後、肥前の平戸候より、礼を正して呼び迎えられ、寛永4年(1851)年頃に平戸に行き、樹光寺(長崎県平戸市)の住職となり圓心と名のり、手厚く扱われて、小野貞さんを娶り、元治元(1864)年に長男の煕(ひろし)、慶応3(1867)年に長女のハツセが生まれた後、帰郷されて明治2(1869)年に次男の三郎が生まれたと聞いています。

明治になって神仏分離令(しんぶつぶんりれい)が出され、廃仏稀釈が起こった。良順さんは大僧正であったと祖母ハツセ(鐘崎三郎の姉)や祖母カツより常日頃、聞かされていました。青木の実家のタンスの引き出しには達磨(だるま)や山水などの水墨画が一杯あったことを記憶しています。 松・竹・梅のそれぞれの刺繍がある裲襠(うちかけ)3枚もありました。

       (角隆恵さん語り)


①鐘崎寛吾   明治9年11月15日、長崎にて没す。享年61歳。(圓心院是實日寛居士)

②寛吾の妻:貞 (小野氏出身) 明治11年11月2日没。 小野家は三文人の一家です。

第三十代敏達(びだつ)天皇の皇子・春日皇子の子。  大徳冠妹子(遣隋使)四世小野道風の子孫(筑前国十二大区詞掌拝命)。  平戸松浦藩主煕乾斉候の側室。平戸にて圓心に禅譲される。

(1)久留米藩時代 
    
僧名 良順・圓心    号  帯雲(書画)灌圃と号す。
    
住所 代々、久留米市城島町上青木の苔梅寺(ていべいじ)社僧  上青木  苔梅寺 梅樹院(住居)
    
(2)大宰府時代    大宰府天満宮(筑前安楽寺天満宮)の社僧

(3)平戸時代   樹光寺(平戸松浦候の菩提寺の住職)
この間、松浦熈(ひろむ)乾斉候の眷遇を受ける。松浦候の命により太宰府天満宮の神幸図(御神幸式絵巻)を画いた。

①嘉永の本 嘉永6年(1853年)  縦38.5cm 横1475cm 1巻

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②元治の本 元治元年(1864年)   縦38.9cm 横2974cm 1巻   色彩豊かに行列と群集の様子が描かれている。  2巻とも樹光寺圓心(鐘崎寛吾)作  (大宰府天満宮宝物殿所蔵)
『天神絵巻 大宰府天満宮の至宝』に載せられています。

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その後、およそ十数余年、弘化、平治、慶応年間と平戸樹光寺にあり、明治になって還俗して郷里に帰る。一家を挙げて長崎へ行く。

社僧   神仏混淆時代(神仏を同じ所に祀って区別しない)、神宮寺などで仏事を修した僧。常に,神職の上位にあって権威を持ち、中には密かに武器を蓄えて、ややもすると争いを起こすものもあった。その地位には別当・検校・勾当の階級があった。

大僧正(だいそうじょう) 祖母から寛吾曾祖父は大僧正であったと聞かされていた。
 僧官位の一つで最高の僧官位を僧正という。僧徒の濫行、不正を正す職として、大・正・権の別があった。

神宮寺(しんぐうじ)   神仏混淆時代のあらわれとして神社に隷属して置かれた寺院。

廃物希釈(はいぶつきしゃく)   仏教を排斥し、釈迦の教えを棄却すること。仏教を迫害すること。
日本では明治元年(1868年)に神仏分離令を出して、神仏と寺院を分離した。その結果、両者に争いが起こったが、寺院が焼かれ、経文が捨てられるなど仏教側の損害が大きかった。

ありがとうございました。







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梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園   御座敷梅ユリ展

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美しいたくさんのユリを楽しんで下さい。


風浪宮(大川市)      ひもろき逍遙(史跡・神社仏閣)

私の目標   皆さんに感謝します。






         
by kusennjyu | 2014-07-10 21:42 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2014鐘崎三郎について・千寿の楽しい歴史
鐘崎三郎について    

この度。小冊子にした中から紹介します。

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明治27年10月4日、広島大本営において、大元帥の御前に召され、支那地方での探偵当時の服装にて
  
鐘崎三郎  福岡県三潴郡誌(大正14年発行)意訳

本郡青木村大字青木の人である。父は通称を良順と称し帯雲と号する。天性の洒落(しゃらく)であり、最も詩文を作り、あるいは書画を書くことに長けていました。

代々、青木に住み天満宮の社僧でした。後に、大宰府天満宮安楽寺社僧となり、また肥前平戸候より礼を正して呼び迎えられ、樹光寺の住職となり、特に候の腹心として眷遇(けんぐう)を受ける。
 
朱子学に詳しく、南北宗画の大家であった。10数年おり郷里に帰り、三郎が生まれる。時は明治2年1月2日です。その後長崎に数年間住み、そこで死ぬ。このため三郎は母に従って青木に帰る。そして母も病死する。

明治12年3月、三郎11歳の時、従兄弟の福岡市橋口町の勝立寺住職の加藤日龍の弟子になる。生まれつき、胆力がすわり、気が大きく朗らかで小事にこだわらなく一を聞いて十を覚ることに秀でていた。特によどみなく巧みに述べ、文才に秀でて誠に才能を持った子でした。身長は150cm位と小さく、あかつち顔で威厳があり勇ましい中に愛嬌を帯び、人から慕われていた。

日龍に従い仏学を修めて、心身を苦しめて勤めること9年と長くなる思いに、今勉学は日に進んでいるが、なんぞ決して世捨て人の身では終わらないぞ。国家に役立つ人物となり一世を、警告を与えて人の迷いをさまさんばならんと、ついに陸軍軍人ならんと志し、日龍と親戚に計略を話したが、退けられる。これで普通の学を修るために同地の私立養鋭学校に入る。

これは、陸軍幼年学校に入る用意である。しかし密かに同校長の津田信秀に計略を話し、明治19年2月に幼年学校の生徒募集があるのに乗じて入学願書を提出し、同年4月の試験で合格する。

日龍は、これを聞いて大いに怒り、彼を遠い他の寺に移そうとする。然れども、三郎の平素の志は固く、考えを変えさせることは出来なかった。それで日龍の所有金を少し黙って借金して奮い立って東京へ行った。

しかし入学まで日があるので成城学校に入る。時に明治19年8月のことです。このことをたちまち日龍が告訴したので、一旦帰国して審判の末に無罪となり、再び東京へ行き、幼年学校に入学する。

しかし不幸にも兄の煕(ひろし)が重症に罹り再び帰国したが、すでに兄は帰らぬ人となっていて、ここにおいてその後を継いで三潴郡役所雇いとなり、6ケ月余して退職して長崎に遊学する。

当時の支那陸軍の教官であった御幡雅文職を辞してこの地におり、三郎はこれに就いて日夜、熱心に支那語を研究し、日ならずして大いに熟達した。後に御幡氏は三郎の世にまれな才能に目をかけてかわいがり、自分の家の客分として1年余、氏の実家の盛家の養子として迎え家の娘と結ばせて一女が生まれる。故あって同家を出る。

 またま荒尾精清国の上海において日清貿易研究所を設け、大いに我が国の青年を奨励して東アジアの貿易を拡張しようとする。時に三郎は長崎なる鎮西日報の社員となり、編集に従事し、才知が鋭く世にまれな才能で推される。

明治24年に日清貿易研究のために上海に渡航する。6ケ月余して研究所を出て、同地の日本青年会に入会し、2・3ケ月の後、さらに安徽省蕪湖なる日本の一商店に入りおること1年、民情及び地形等を詳しく調べて蕪湖を去り、明治26年6月に帰朝して京阪の地に遊学し、南京地方より携えるものの繻子(しゅす)織の織物等を販売し、そして大阪商業会議所や堺商業会議所等において支那輸出入商品の説明をして同地商人のため大いに優待される。

その後、三郎は上海の日華洋行に入るが、明治27年、清間の風雲がようやくなるに及び、彼は勢いよく事を起こし清国内地の漫遊を企て3月3日にそのみちに就く。しばらくして秘密探偵を終わり9月2日に神戸に帰着して福岡県三潴郡の親友の中村綱次に次の書簡を寄せた。

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その意気の盛んなること感じるに余りあり、しかして彼はこの本の如くあらゆる危機を排除して、人知でははかり知ることの出来ない不思議な変化や珍しい時や場所に深く敵の要害に出て、普通の人では偵察できない秘密を探知して、これを外務大臣及び広島の大本営に復命して大いに賞賛を得て、直ちに大本営付通訳官となる。

在広島およそ5・60日間に彼が冒険的珍しい功績はおそれ多くあり、大元帥閣下がお聞きになり、ついに破格な拝謁の光栄に浴し、明治27年10月4日、広島大本営において、大元帥の御前に召され、支那地方での探偵当時の服装にて、通行の礼を天覧あらせられる。これ実にかしこまる敬うことで、この上ない栄誉と言ってよい。

武田巌雄先生並びに鐘崎三郎先生の墓前祭に参列  

5月3日、鐘崎三郎の墓前祭です。

続きます。







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みやま市観光協会公式WEB

梅野家歴史資料館  みやま市瀬高町大草女山932

梅野家庭園    4月  5月  新緑  6月  11月 梅野家の紅葉   季節を楽しんで下さい。

西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。

青輝園   御座敷梅ユリ展

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美しいたくさんのユリを楽しんで下さい。


風浪宮(大川市)      ひもろき逍遙(史跡・神社仏閣)

私の目標   皆さんに感謝します。






         
by kusennjyu | 2014-07-09 10:55 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る