千寿の楽しい歴史
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2016中村祐興(なかむら・すけおき)系譜・千寿の楽しい歴史
講演会(中村祐興系譜)

文化祭10周年行事の「葦の会」公開講演会

平成28年11月29日午後1時30分から

みやま市図書館大ホールにて

講師  中村祐興顕彰会会長 松尾逸央氏

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中村祐興(なかむら・すけおき)系譜

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文政12(1829)年7月10日  山川町原町に生まれる。

中村家は、原町郵便局の裏手で地域特産の蝋生産に従事する。

母:千代子は柳川藩第9代藩主・立花鑑賢(たちばな・あきかた)の側室で猷子姫を出産する。実家の中村家が、継嗣不在のため、側室を辞し中村家へ戻る。西田一甫と結婚し、2男4女を授かる。祐興は長男。

猷子姫は筆頭家老・小野勘解由のシツとなる。小野家は藩主より大牟田の平野鷹取山を下賜され石炭の採掘を始める。このことが祐興の運命を変えて行く。

祐興は、藩校伝習館ではなく、肥後の横井小楠の実学、西洋砲術・大成流を学び文武両道に通じる。

慶応元(1865)年、石炭の販売を兼ね長崎遊学する。

坂本竜馬・陸奥宗光・福沢諭吉・曽我祐準らと交友を結ぶ。特に曽我とは彼の上海遊学の旅費百両を用立てたことにより終生の友情を結ぶこととなる。

明治元(1868)年、徴士(諸藩・地方の有力者で政府に召し出された人)として大津(現滋賀)県権判事となる。

明治3(1870)年9月、大津県大洪水の際、県が補助金の支出に手間取る中、速やかな支出に成功し、被災民救済の陣頭指揮にあたる。

地方官会議建白提出し、地方官会議できる。

大蔵省に転身し、監督正(現会計監査院の長)となる。

日本初の官営模範工場・富岡製糸場誕生に関わり、輸出品の生糸の粗製濫造の改善政府糸質改良に努める。

明治4(1871)年、礼服時以外の帯刀は止めるべきという「廃刀の請願」を、「散髪脱刀勝手なるべし」との法令が出る2ケ月前に提出する。

明治9(1876)年2月15日、手抄きの抄紙工場・王子村に落成する。

当時の紙幣の状況

旧幕府以来の各種紙幣(藩札、太政、民部両札、大蔵、開拓両兌換券)が流通し、資材、製造技術も旧態依然としていて偽造が容易であった。

当時の紙幣寮は紙幣の発行・兌換・国立銀行の許可・育成にあたり、紙幣などの製造は民間に委託していたが、明治5(1872)年、政府は、新紙幣を発行するに到った。

中村は紙幣の原紙の問題に取り組む。多角的研究の結果「みつまた」が原料として最適と判断する。

これは、柳河藩時代の瀬高町唐尾の藩札発行所での経験が生きたものと云われている。

その後、改良がくわえられ「中村紙」と呼ばれ、証券や公債にも用いられるようになった。

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明治19(1886)年、大田テウと結婚する。

明治31(1900)年、官を辞し福岡に隠棲する。

明治33(1902)年、中村紙の開発と紙幣用紙の改良が認められ、正五位勲四等瑞宝章を受ける。

明治42(1911)年10月14日死去、享年82歳。

遺体を九州大学医学部の学術研究のため解剖に提供することを遺言し実行される。九州大学初代病理学教授・中山平次郎博士が解剖され、胃がんだったと言われている。

墓は、大牟田市岩本の慧日寺境内に大正14年10月に建立される。
覚樹院殿功山祐興居士  施主は三男の三郎。

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関係者写真

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平成28年度文化祭行事が終わりました。


有難うございました。





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by kusennjyu | 2016-11-30 11:32 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2016清水歴史散策1(みやま市瀬高町の名所)・千寿の楽しい歴史
清水歴史散策

高田町郷土史会は今年からみやま市内歴史散策になる。
今日は瀬高郷土史会の2人から案内をしていただきました。

昔は、東側(山側)の南北に通る道路で、本吉の三叉路から清水山に登りました。

清水小学校の東北付近のY字路で分岐していました。
右「からをみち」・左「おしまみち」。この左・右の道は太閤街道ともいわれている。

現在、清水小学校校庭に保存されています。

薩摩街道以前は、この山麓の道を通っていました。
清水観音堂東13丁、参道入口にあり、本吉は江戸時代、肥後(熊本)から筑後に至る交通の要所でしたので宿場町として栄え、清水寺の門前町、商業町としても繁栄していました。ここに一つ鳥居が在ったのでは。

めがね橋 文久4(1864)年完成。

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めがね橋は元大塚地区の返済川にかかっていました。
大正年間に河川工事でコンクリート橋ができ取壊しの話があり、村民が守った橋を移転保存しました。


本坊庭園

法華経千部逆修板碑(県指定文化財)と麻羅観音 文久4(1864)年完成。

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本坊庭園入り口に並んで建立しています。法華経千部逆修板碑(県指定文化財)だけみやま市の説明があります。

中央上部に釈迦三尊を表示した梵字の種子があり、中央に「奉読誦方法華妙典一千部逆修碑」(ほうどくしょうほうほっけみょうてん)とあり、これをはさんで、上段に願い文、下段に結縁僧尼な名がある。建立天正18(1590)年である。

「逆修」とは、存命中に自分のため、仏事を修め冥福を祈る。また、一家縁者、眷属(けんぞく~家来・郎党の意味。)の物故者のためにその冥福を祈り、供養すれば功徳の多くは供養する者に、再びかえること。

 釈迦三尊(しゃかさんぞん)とは、仏教における仏像安置の形式のひとつである。

日本では偏袒右肩で衣をまとって施無畏印・与願印か説法印を結んだ釈迦如来(しゃかにょらい・梵字バク)を中尊として、脇侍(きょうじ、わきじ)として左に騎獅の文殊菩薩(もんじゅぼさつ・梵字マン)、右に乗象の普賢菩薩(ふげんぼさつ・梵字アン)を配置するのが一般的。(この場合の「左」「右」とは中尊から見た「左」「右」を指す。)

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本坊庭園  昭和4年国指定文化財(文部省)

この庭園は、室町時代(1336~1573年)雪舟の作と言われている。庭を東と南と北にめぐらし、心字形(心の形をした)の池を中心にして、庭石の配置や植木の植え込み、池にそそいでいるゆるやかな滝や急な滝など、自然の美しさの中に人工の美がとけあって、春、夏、秋、冬、いつ訪れてもあきない名園である。

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現存する清水寺本坊の半鐘には「寛延4辛未(かのとひつじ、しんび)歳12月8日  住持遮梨湛道 鋳物師瀬高住 平井惣兵衛」の銘があります。

寛延4年(1751)に平井惣兵衛の銘はあるが平井家の誰が制作したか不明である。
「平井惣兵衛」は継承して江戸末期まで使用している。

この写真は今年、庄福さんと2人で調査した時、本坊庭園に半鐘があると聞き、住職に電話で予約して見せていただいた時に撮ったものです。

この時に平井惣兵衛の「撫でで仏」・「鐘」などみやま市はもちろん柳川市などを調査しました。

by kusennjyu | 2016-11-30 07:19 | みやま市の歴史 | Comments(0) |Topに戻る
2016大村市史料館特別展より・千寿の楽しい歴史
大村市史料館特別展

平成28年11月27日

大村市立史料館にて

戦国・南蛮・キリシタン

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純忠の城 三城城(さんじょうじょう)

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純忠の城下町 三城城下

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長崎街道の大村宿と松原宿

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武家屋敷


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by kusennjyu | 2016-11-29 11:34 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2016大村市研修下見調査・千寿の楽しい歴史
大村市研修下見調査

平成28年11月23日

調査員:久保田毅 案内者:米光丁氏(大村市)

来年3月に高田町郷土史部のバス研修を予定のため、下見調査に行く。

案内に大村市在住で以前から和算研究で教えていただいた米光先生に案内してもらう。

まず最初に観光協会を訪問して、観光パンフレット送付や観光ガイドなどの相談を行う。

予定は3月初旬で雛まつりが始まってからと計画している。

大村市は長崎街道と大村藩歴史史蹟(キリスト教関係遺跡)と軍都の歩みがある街である。

今回、私が調査した写真を中心に構成する。

長崎街道大村宿


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大村藩史蹟

本経寺


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大村藩三十七士の碑

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旧楠本正隆屋敷

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キリスト教史蹟

鈴田牢跡


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獄門所跡

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首塚後


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軍都大村

海軍航空厰慰霊塔公園


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by kusennjyu | 2016-11-28 16:36 | 旅行記 | Comments(0) |Topに戻る
2016九州大金魚博覧会(東照寺にて)・千寿の楽しい歴史
九州大金魚博覧会(東照寺にて)

平成28年11月27日(3日目)

みやま市瀬高町大広園  東照寺にて

写真は2枚1組です。(下は説明文)


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沢山の金魚の中から私の好みで選んだものです。

有難うございました。







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by kusennjyu | 2016-11-27 12:00 | みやま市観光 | Comments(0) |Topに戻る
2016紅葉の清水山ぶらり旅・千寿の楽しい歴史
紅葉の清水山ぶらり旅

平成28年11月24日午前中

本坊庭園

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旧青年の家(現在は空地)広場横

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三重塔

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楼門

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女山史跡森林公園


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展望台からの景色

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楽しい散歩でした。






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by kusennjyu | 2016-11-25 11:38 | みやま市観光 | Comments(0) |Topに戻る
2016菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻一前半・千寿の楽しい歴史
菅原道真公絵巻(天井絵)の解説・巻一前半

肥前一宮 與止日女神社

巻一 菅原是善と道真少年の出会い・前半

仁和・寛平(885~898)年間に、天下無双の漢学者がいた。その名は菅原道真。
その名は学問の神様とも、また、漢詩の本主とも呼ばれていた。

没後、故あって道真は北野社に祀られる。寛弘元年(1004)、一条天皇は、自ら北野社に参拝。以後、万民の尊崇を集めた。

北野の天満大自在天神の名は、天下に響き渡り、参拝客が後を絶たなかった。

是善(これよし)の南庭に、5から6歳ばかりの少年が入ってきた。見るからに賢そうな子どもである。

これを見た是善は、「ただの子どもではない。」と直感した。是善は、いろいろと問いかけた。少年は、「私には、父も母もいません。」と答えた。

是善は、「ならばワシがそなたの親になろうぞ。」少年は、是善になついて養育された。

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場面 一~三

これは菅原是善の館。

承和十二年といえば、当時、是善は文章(もんじょう)博士、従五位下であった。

とりたてていうほどの荘園からの収入があるわけではなく、財政はけっして楽なものではなかった。それを象徴するかのように、屋敷の荒廃が眼につく。門を一歩入ると、中庭がある。いくつもの建物が鍵の手に立ち並ぶが、この屋根の破れようは眼にあまるものがある。簀子・妻戸・扉など建築の細部が整然としている。

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場面 四~五

是善邸の寝殿である。庭に、5、6歳ばかりのかわいい少年が立っている。簾越しにこれをみかけた是善が、簾をめくると手招きした。庭には、桜の老樹が、爛漫の花を咲かせている。

「そこな子供、ちょっと、ここにおいで。」それを聞いた道真少年は、にこにこしながら階段を登り、簀子の上に座った。それから、2人の会話が始まる。が善は、この聡明な少年が、すっかり気に入った。

是善の居それと室。格子を高くあげた中には、菱文様の唐紙を貼った障子がめぐらされている。二階厨子(ずし)には、巻物や冊子など漢籍が山と積み上げられている。

※寝殿:身分が高い貴族が暮らす屋敷。
※厨子:仏具や本を入れる戸棚。本棚。

道真少年、梅の歌を詠む

嘉承3年(850)、道真少年は、11歳になった。養父の是善が道真を呼んだ。「どうじゃ学問の方は、ちっとは進とんだかの。」と優しく問いかける。「そうじゃ。」と是善は一計を案じた。「ひとつ詩を作らせてみよう」と。

是善の言葉も終わらないうちに、それと悟った道真は、手許の紙にさらさらと詩を書いた。
これを見た是善は舌を巻いた。年端もゆかぬこの子どもが・・・「先が楽しみというものじゃ」とひとり喜ぶのであった。

道真、父の代わり『顕揚大戒論』の序を執筆する

貞観4年(826)4月17日、道真は文章生に補せられた。

話は弘仁10年(819)のこと。伝教大師最澄は、唐から帰朝すると叡山に戒壇を設けることを請願した。3年後、不本意のうちに没するが、その年、建立の宣旨が下る。

ところが、他の宗派の僧たちが反対した。その時、慈覚大師円仁は、「顕揚大戒論」の執筆に取り掛かっていたが、稿半ばにして
没した。弟子の安慧和尚がこの仕事を引き継ぎ、八巻にまとめ上げた。

安慧和尚は、是善を訪問して、その序の執筆を請(こ)うた。是善は、事の重さに考え込んだ末、道真にその仕事を譲った。

ときに貞観8年11月。道真はまだ若く、位階も文章生。本来なら、こんな大役を引き受けるべきではなかったのだ。

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場面 六~七

是善の居室。二階の部屋には、巻物や冊子などが積み上げられている。白の浄衣に念珠を手に掛けた是善は、脇息に寄りかかっている。簀子の上には、家司(かし)が控えている。

父の下命を受けた道真は、料紙・硯箱を借りると、一気に詩をしたためた。詩の文句になかなかの才知がほのめくが、一字一字の書もまた見事なもの。筆のあとを追う是善は、自然にほころぶのであった。

場面 八~九

叡山の安慧和尚のご入来とあって、是善は色めき立った。「なに、みどもにその本の序を掛けとな」。『顕揚大戒論』の内容を聞いた是善は、たじろいた。これは、ぜひとも道真に、と心に決めた。

老若の2人は、是善・道真の父子。僧衣の人が安慧和尚。
「なるほど、是善どのの仰せのとおり、この御仁、大した器(うつわ)じゃ」と、安慧和尚は、ただただ感じ入った。

※念珠:数珠。
※家司:家に仕える人。


巻一後半に続きます。






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by kusennjyu | 2016-11-21 10:47 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2016山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説その六・千寿の楽しい歴史
山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説

肥前一宮 與止日女神社

巻六 姫君、日本国で御子(みこ)を出産

弟は、龍王に逐一の次第を報告した。これを聞いた龍王は、たいそう喜んだ。
「わたしの眼に狂いはなかったわ。三国一の花婿どのだ。」
とますます、だいじにするのであった。

やがて、姫君の臨月が近づいた。
「偉いお方の御子のご出産である。竜王宮ではいけない。弟の日本国で、出産するように」
と龍王の声がかかった。さっそくながら、橋を架け渡して、その浜に産所を急造した。

屋根の上には、鵜(う)の羽を葺くことにした。が、にわかに陣痛が起こり、ほどなく玉のような御子がうまれた。屋根が葺き終わらぬ、にわかなことであった。

そこで、御子の名も、鵜萱草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)と命名した。

弟は、姫君が出産と聞いて、心配でたまらず、そっと産所の中をのぞいた。これより以降、子を産む場所を産屋(うぶや)と名付けることにした、という。

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場面 八十五

龍王は
「姫君の出産を、弟の国でするのがよい」と真剣に考えた。姫君も、また弟も龍王の意見に従った。一決ののち、たちまち姫君を日本国に送り届けることになった。

場面 八十六~八十七

竜王宮の一部。楼閣に上がった龍王は、廷臣たちともども、姫君の一行を見送った。龍形の冠をかぶり、烏頭(うず)の太刀を携えているのが龍王。

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場面 八十七~九十

荒れ狂う大海原、長大な画面に、姫君一行の渡海のありさまが描かれている。

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場面 九十一~九十三

鷁首(げきす・水鳥)の船には、日本国への贈り物なのか、美しく飾った絵櫃(えびつ)が、いくつも据えられている。

犀や馬には、女官や武官が乗っている。亀や人間の居飼(いかい・牛馬の世話をする人)が、それぞれ手綱を執って、波と戦いながら、突き進む。

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場面 九十四~九十六

屋形を設けた船の中には、姫君側近の女官たちが乗っている。

犀や馬に乗る異形の者たちが、船に随従する。犀に騎乗する龍形は、玉網(たも)を肩に、腰には獲物の魚をつないでいる。

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場面 九十七~九十九

この龍頭船(りゅうずせん)は、龍王の姫君の乗物。中央の屋形は、白壁、丹塗(にぬ)りの柱、瑠璃(るり)の瓦というように、本格的な建物である。

幕の間から、姫君のほの白い高貴な顔がのぞく。舳には、鳳凰形の冠をかぶる高官が、団扇をかざして、船の進路を指図している。

屋形のすぐ後ろは、蓋を童にさしかけさせる高官。艫の上では、舵取りが、右に左に舵を操る。

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場面 百~百二

荒れ狂う海の果てに、ようやく陸地が見えてきた。

龍王の下命により、日本国に架け渡した橋は、すでに新造されている。一行は足元泥に、新しい橋を渡って行く。人々は、つぎつぎに浜辺に参着した。

犀に乗る高官は、金の龍形の冠をかぶり、笏を腰の石帯にはさみ、右手に手網、左手に蓋をさしている。荷物を運ぶ異形の者が、全身ぬれねずみで、浜の上に荷物を担ぎ上げている。

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場面 百三~百五

浜の上には、すでに先着の供人たちが、乗物の麒麟から降りて、手網を弛(ゆる)めている。

土を盛り上げた築垣(ちくがき)をめぐらし、板葺きの四足門がみえる。新造の産所の門である。門内には、いましがた麒麟から降りた高官の一人が、従者に装束の裾を持たせながら、中庭に進んで行く。赤地錦の太刀袋を下郎の一人が、大事そうに抱えて供奉している。

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場面  百六

小河を隔てて、高官の入来と知った産所役人が出迎えて、うやうやしく一礼をしている。

場面 百七~百八

産所の中は、まさに火事場騒ぎ。身分にとらわえず、貴卑(きひ)入り乱れて、慌ただしく行き交う。

産所の中央に設けられた産屋の前に、陰陽氏(おんみょうし・占い・祈祷師)が八足の机を立てて、小さな幣(ぬき・ご幣)を立て連ね、吉凶を占っている。

古書をひもときながら、案じる者。幣をかれこれ、組み直しながら占う者。幣で祓いをする者。この場の緊迫感が現れている。手前、冠をつけた男は、団扇を地面に投げ出して、鼻をかんでいる。机の前に座るのは、巫女(みこ)であろうか。

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場面 百九~百十一

葦で葺くことにした産所の屋根は、結局未完のままに終わった。というのは、突然の陣痛に、姫君の出産が始まったのだ。

板葺きの間に敷物を敷き、産褥(さんじょく・布団)とした。中央の柱に、姫君がしがみつく。腰を抱きかかえる女。一心に祈りをささげ、安産を念じる老婆。魔除けのために、土器を足で踏みしだく女。ただならぬ緊張の一刻である。すでに、檜桶(ひおけ)には、湯が用意されている。

産室の厨(くりや・台所)のあたり。板敷の上に、火炉を据えて、釜をかけている。薪が勢いよく火をはぜる。煙を避けながら、懸命に火を熾(おこ)している二人の女官。
「姫君のご出産はまだでございますか」と、これまた、男子禁制の地にもかかわらず、勝手口のあたりに、魚をかついだ若者がまぎれ込んできた。

ところで、腹を切って出産と聞いた弟は、姫君の身の上を案じた。禁制を冒して、屋根裏から、ひそかに産室のなかをうかがうのであった。

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場面 百十二~百十四

産所の裏山一帯。松をはじめ、さまざまな樹が生い茂る。滝が、速い水音を滝壺の中に落としている。あたりの静寂を、この水が破っている。

弟、帝の位につき、兄は節会(せちえ)に贅(ぜい)を献上

弟は、ほどなく帝の位につくことになった。一方、兄は、大和国吉野郡に荘園を営んで、ひっそりと暮らしていた。が、ある日の約束だけは固く守った。

四季の節会ごとに、贅だけは、欠かすことがなかった。

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場面 百十五~百十七

兄の住まいの周辺風景。

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場面 百十八~百二十

その後の兄の住居。すでに齢(よわい)を重ね、顔にも皺が刻まれ、鬚もすっかり白くなった。簡素な詫び住まいながら、荘園の上がり(収入)にも事欠くことはない。
息子はそれぞれに成長して、世帯を持った。ときおり、孫をよこしてくる。
今日もまた、孫が来た。膝の上で遊んでいたが、ふと祖父の鬚が物珍しく、紅葉のような手で、もてあそぶのであった。

藁葺き屋根の上には瓢(ひさご・ひょうたん)が実り、庭の簀子の上には、庄から運上してきた瓜が盛られている。竹を張った簀子の間には、二人の男が座っている。手紙の取り次ぎをしているのであろうか。上下の両端をひねって、結び封としているのが注目を引く。
「そなた、この手紙を届けてきなさい。けっして、道草などを食ってはなりませんよ。たいせつに懐にしまい、一目散に飛んで行きなさい。」

節会ごとに、献上の贅を送る約束をした兄は、今日は瓜が取れたというので、童に馬を引かせて、瓜を運ぶことにした。白・黄・緑、とりどりの大きな瓜が、竹の籠に詰められている。
小さな旗印は、往来の人々に対する献上品の目印になるのであろうか。

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場面 百二十一~百二十三

堤の土手の向こうを、見え隠れしながら、贅が運上されていく。これまた、同じ瓜のようだ。
馬にもまた馬使いの男も、ともに笠・蓑をつけている。にわかに、空の一角がかき曇ったと思うのもつかのま、大粒の夕立が降り始めた。

                   
おしまい。ありがとうございました。






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by kusennjyu | 2016-11-20 10:37 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2016山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説その五・千寿の楽しい歴史
山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説

肥前一宮 與止日女神社

巻五 兄の不実を怒り、潮満、潮干の玉を使う

釣針を返した弟と、受け取る兄に、どんなやり取りがあったのか、ともかくも口論が始まった様子。

「あまりにもお責めなさる兄上。この場限り、兄とも思いません。」というより早く、弟は、潮満の玉を水に浸けて、二~三度振った。たちまち潮が満ちて、兄の首のあたりまでたたえた。

「弟よ、降参だ、助けてくれ」
とわめき立てる兄、そこで潮干の玉を振ると、たちまち潮は引いた。かわかられた兄は、たいそう腹を立てた。怒った弟は、ふたたび潮満の玉を振った。初めは首まで満ちた潮が、今度は眼や鼻や口のあたりまで、水かさを増す。

とうとう、兄は兜を脱いで謝った。

「このうえは、子子孫孫に至るまで、お前の家来となり、年々の貢物も怠らぬ、助けてくれ」
と。弟はやがて潮干の玉で水を払うと竜王宮に帰って行った。

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場面 五十四~五十五

緑の松の中に、桜が爛漫と咲きにおう。これはすでに見慣れた兄の住居。口論の果てに、弟は、竜王伝授の潮満の玉の術を使うことになった。ひもを通した玉を、掌に握りしめて、二~三くるくると振った。

場面 五十六~五十七

たちまち、ザ、ザ、ザと水音がしたかと思うと、塩水が吹き出した。みるみる、兄の身を包んだ。
「うわあっ、たいへん、こりゃあ、なんとしたことだ。」
と、細い兄の体は、湧出した潮水に翻弄された。

兄の悲鳴を聞いた弟は、やおら潮干の玉を振って、水をひませた。

辛い潮水をしこたま飲まされた兄は、げんなりとなった。が、しばしの時が経つと、われに返った。
「なんだ、潮水を出したり、引っ込めたり。からかうのも休み休みにしろ。

いま限りに、おまえなぞは、弟でもなければ、兄でもない。」と罵声を浴びせた。

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場面 五十八~六十

全身、ぬれねずみとなった兄。髪は乱れ、鬢(びん)のあたりからは、ポタリと、水が滴る。

胸もとの水を絞りながら、いまいましげに、弟を罵倒する。

簀子の端で、平身低頭の体(てい)の弟が、あんまりな兄の態度に、胸の高鳴りを押さえながら、怒りをこらえている。桜の花びらが、しず心なく散りかかる。

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場面 六十一~六十二

弟は、ついに堪忍袋の緒が切れた。庭に飛び下りると、ふたたび、潮満の玉を取出し、激しく降った。

またしても、潮がものすごい唸りとともに、押し寄せた。みるみるうちに、兄の体は、水に包まれた。

手や足をばたつかせながら、兄は水の中を踊った。その波水の線の間に、ふたつの足、両の手、それに仰向く顔を、わずかに点じて、この場の緊迫感を表している。

場面 六十三

潮の中から、絶え絶えに声を尽くして、改心する兄の声を聞いた弟は、ふたたび潮干の玉を振った。

みるみるうちに潮はひいた。やがて、憔悴しきった兄の姿が現れた。いつしか烏帽子は脱げ落ち、もととりもびしょぬれ。まるでお化けのような形相。

両手を垂らして、見る影もない。すでにこの世の人とは思えない。

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場面 六十四~六十五

「わたしは、今日限りお前の家来いなりましょう。私だけではない。息子も孫も、子々孫々、一系ことごとくが、未来永劫、そなたの家来だ。これ、このとおり誓います。」

潮のひいたもとの兄の屋敷。板敷の間に相対する兄弟は、こんどは主客転倒となった。

兄は、烏帽子も潮水に萎えて、形が崩れている。水浸しの衣服もずり落ちて、もろ肌もあらわである。

春光が、さんさんと輝き、風もないのに、桜の花が、ひとひら、ふたひら、兄弟の膝のあたりに散り敷く。

場面 六十六

「それでは、わたしはこれでお暇を。」弟は、庭に降り立った。

「もう行かれるか、それでは、お気をつけて。」

「兄上、さらば。」
と2人お別れのあいさつ。弟を追って、はだしで庭に立った兄は、腰をかがめ、揉み手をしながら、弟を見送った。

奴袴の股立ちを執ると、浜辺の水を避けながら、弟は立ち去って行った。

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場面 六十七~六十九

浜辺に出ると、沖合から打ち寄せる波が、岩を噛み、浜に砕けている。待たせてあった供人たちが、弟の姿をみると、急いで船を差し寄せてきた。

弟の乗船と同時に、船は波の上に漕ぎ出された。海中の異形(変わった生き物)たちも、それに従った。

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場面 七十~七十二

犀(さい)に乗った武将。頭上には、狼を表した冠をかぶり、ふさのついた打ち掛けを着ている。

手には、前方の弟の船を、きっと見守っている。後ろに、頭に魚形、体は人間という異形の2人が、矛や熊手をかついで、ザンブ、ザンブと水中の波をかき分けて行く。

すでに見覚えのある鷁首(げきす・水鳥)の船である。犀・獅子・麒麟などに乗った異形の従者たちが、弟の船の先駆をつとめる。

荒れ狂う大波の中を、木の葉のように翻弄されながらも、一躍、竜王宮を指して漕ぎ進む。

船も、水手も儒者も、またそのさしかける蓋(かさ)までが、前に見た図もそっくりではないか。

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場面 七十三~七十五

犀に乗った従者の一人は、早くも竜王宮に到着した。

波を蹴って、鼻息荒く、犀が浜に躍り上がる。騎乗の男は、後ろの弟は、いkがなるらんと、降り向いている。

浜辺の松が、風をはらんで、清らかな音を立てている。

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場面 七十六~七十七

「あっ、みえた、みえた。弟の船が、だんだんと近づいてまいりましたぞ。」
と、王宮の門に立つ役人が、目ざとく、一行の船をはるか沖合の波の中に発見した。

なにはさて、龍王様に、この由を申し上げん。

場面 七十八

やがて、弟の船は浜に着いた。弟は、船から飛び下りると、竜王宮に急いだ。

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場面 七十九

画面の右手に、日本国に供奉した武将や水手たちが、宮殿の階下に平伏して、つつがない帰着の報告を元言している。

弟の帰参は、瞬く間に、宮殿の上下に報じられた。

場面 八十

宮殿の中に、褥(しとな・しきもの)を敷いて対座する龍王と弟。皮弁(ひべん)の冠をかぶり、着飾った龍王は端座して笏(しゃく)を構えている。烏帽子・狩衣の弟と、褥の色や文様をたがえて、身分の相違を描きわけている。

場面 八十一

萩のさきこぼれる坪庭の格子を隔てて、美しい女官や子どもたちが、忙しげに行き交う姿がみえる。

弟の帰参は、後宮にも伝えられ、やがて姫君の耳にも報せれたのであろう。

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場面 八十二~八十四

姫君の後宮、女官たちの出入りが激しい。「御方様、弟様は、やがてこれへ御渡り遊ばします。早くお支度をなさいますように」と女官の一人が、口早に告げる。

唐草文様の豪華な敷物の上には、二人の女官が、気忙しく腰を宙に浮かせている。

障子を引き開けた奥は、姫君の帳台の間か。大袿(うちぎ)が脱ぎ捨てられている。

広い板敷の間に敷物を敷き、立派な火桶を据えている。金銅金具を打った猫足のこの火桶は、部屋の豪華さをひときわ添えている。

姫君は、傍らに櫛笥(くしげ・化粧道具の箱)を置いて、老女に髪を結わせている。

角盥(つのたらい)に烏頭(うず)の水瓶(みずがめ)を入れて、理髪の水を運んでいる。二階棚には、輪花形(りんかがた)の折敷(おしき)に、果物や菓子が盛られている。

巻六に続きます。







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by kusennjyu | 2016-11-18 16:45 | 歴史学習会 | Comments(0) |Topに戻る
2016山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説巻四・千寿の楽しい歴史
山幸彦海幸彦縁起絵巻(天井絵)の解説

肥前一宮 與止日女神社

巻四 弟、潮満・潮干の玉を持って、兄に釣針を返す。

やがて姫君は懐胎した。ある日、弟は竜王に申し出た。
「釣針を兄に返しに帰りたい。」。竜王は、「それでは、二つの玉を進ぜましょう。潮満の玉を海水に浸けて『潮よ満ちてこい』と唱えながら振りなさい。たちまち潮が満ちて、兄上は溺れるばかりになります。

そのときこそ、潮干の玉を取り出して潮を引かせるのです。頃を見計らって、兄上にあなたに下僕(従う)の誓いを立てさせなさい。」と教えた。

弟は、竜王の土産の玉を抱いて、釣針を手に兄のもとにやってきた。

久々に弟の顔を見た兄は、またしてもむらむらと腹を立てた。

弟は、釣針を差し出した。「兄さん、あなたがあんまりお責めなさるので、お祈りをしてとうとう見つけ出しました。」

兄はそれを見た。まさしくあの釣針にまぎれもない。
「そんなことなら、何も大仰に騒ぎ立てることでもなかったに。」と苦笑いするのであった。

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場面 四十

さて、竜王の婿君になった弟は、朝夕、海の幸のごちそう責めに遭った。中央に俎板を据え、大善太夫(料理長)が魚を料理している。

郎中が、女官に料理した魚を手渡す。脚付きの卓には、料理が盛られている。冠をかぶった男も、料理の盛り付けに余念がない。

庭先に、松の枝につるして運び込んできた大鯛に、びっくりする男の姿も見える。

場面 四十一

贅沢の限りつくした姫君の後宮。唐花模様を散らした敷物を敷いた宮殿の内には、八足の机を並べたて、さまざまな珍味が、所狭く並べられている。

烏帽子に直垂姿が弟。傍らに、髪上げして、大きな髷に金のかんざしを飾り、大うちかけを着る姫君。

運ばれた料理に箸をつけながら、仲むつましく語り合う。

場面 四十二

御簾を引きめぐらした宮殿の中には、几帳(ついたて)が立ち並ぶ。帷子や黒い野筋がみえ隠れする。朱塗りの反橋を隔てて、楼台がある。

竜王に潮満・潮干の玉をもらった弟は、釣針を兄に返すべく、しばしの暇を告げた。

(この長い画面も、異時同図法によって描かれている。)

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場面 四十三

姫君との饗宴の場が一転すると、早くも、陸地の兄のもとに、弟は出発した。

簾を押し分けて、姫が別離を惜しむ。折から、一陣の秋風が、弟を見送る女官たちのあでやかな衣裳の袖を翻す。

場面 四十四

階段を降りれば、すぐに浜に続く。浜の上には、錦頭巾をかぶった、位の高い家臣が海のかなたを見やっている。

竜王の下命を受けて、弟の日本国への鹿島立ち(出発)を見送る姿をみた。

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場面 四十五~四十六

日本国へ船出する弟。広々とした青海原。潮騒のうなりを立てながら、怒涛が逆巻いている。

海中には、弟の従者たちが、異様な姿で描かれている。麒麟・霊亀(れいき)などが乗る異形不思議な海中の者どもが、船の周りを護衛し、波をしずめながら、しだいに日本国に近づいていく。

場面 四十七

船の上には、烏帽子に美しい花唐草文の狩衣姿の弟。

冠に緑の道服(上着)を着た従者が、揚巻のふさを飾った、美しい日よけ傘(蓋)をさしかけている。後ろに、これまた美しく着飾った水手が、懸命に櫓を漕いでいる。冠の飾りひも、衣服の裾が風をはらんで、はためている。

弟の乗船の舳が見える。みごとな鷁首(げきす・水鳥)の、飾りを付けた船である。木地を現した船体。

黒漆に金銅の鋲金物を打った舷(ふなべり)。まさしく竜王宮常備の船にふさわしいものである。

場面 四十八

鷁首の鼻孔にひもを通して、前を引く三人の姿が見える。はやる弟の心中を視察してか、彼を一歩一歩踏みしだきながら、力強く引く。

裸形の二人の男はともかくとして、一人は異様な怪魚の姿を見せる。爛々たる眼、引き締また口からは、牙がこぼれる。

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場面 四十九~五十

漕ぎ行くほどに、まもなく日本国に着いた。弟は懐かしい故郷の浜辺に降り立った。あの岩、この松のすべて、かつての脳裏に刻み込んだままの姿であった。

場面五十一

浜づたいに行くほどに、ほどなく兄の家にたどり着く。

ませ垣を結い、折戸を立てた、見覚えのある門がある。庭のあたりには、櫓(ろ)や櫂(かい)、檜桶(ひおけ)などが転がっている。松の幹には、長い柄をつけた魚貝と吊がかり(夜漁の照明具)が立てかけられている。小川のほとりには、蛤の殻が散乱している。

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場面 五十二~五十三

簀子をめぐらした板敷の間では、早くも兄弟の対面が始まった。

「兄君さま、これは、かの釣針でございます。やっとの思いで、探してまいりました。」と。

巻五に続きます。







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