高田町の民話と伝説 2
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大蛇山伝説と祇園祭 渡瀬・江浦

昔むかし、人々が狩猟生活をしていた以前から、雨水と共に山地の土砂が有明海に流れ出して堆積して遠浅の海となり、干潮時には海岸から沖に向って干潟が現われるようになった。そんな海岸線の中で黒崎半島と四ツ山が有明海に向って西に長く突き出ていた。
諏訪川、白銀川、隈川、楠田川、飯江川、矢部川の河口附近には、長い年月の間に流水によって土砂が運ばれ、これが次第に寄州になって広がっていった。
寄州は縦に或いは横に拡がって陸地化し、葦や葭が茂り、その地を開墾するために人が渡り住むようになった。その地に社を建てて神を祀り、家内安全と五穀豊饒を祈願して、次第に集落となっていった。
大牟田に「横須」、高田町に「古賀」の地名があるが、いづれの土地も周囲の地盤より少し高く、神社が鎮座し、集落があるなど土地の成り立ちに共通した点がある。 その頃、葦や葭の茂った叢(くさむら)には餌を探しまわるたくさんの蛇がいた。蛇の中には大きなものがいて邑(むら)人たちは「大蛇」と呼んで恐れた。

大蛇は家に貯蔵している穀物を喰い荒すねずみを捕え、田畑を荒らす野ねずみや兎までも餌食にしたので、農村では守り神として大蛇を畏敬(いけい)の念を持って恐れてきた。蛇は年を重ねると大蛇になり、龍は雨を呼び天に登るといわれる。
雨は邑人にとっても生活の基本であり、農業とは切っても切れない大切なものである。
生活と密着した「大蛇信仰」、「龍神信仰」は年を経るにつれて村人の間に根付き、祭礼として村をあげての行事になったものと思われる。
柳川藩内には、大蛇がうようよしている。弥剱神社の祭礼(祇園祭)が近づくと、藩内各地の神社の境内では鐘、太鼓、笛のはやしの稽古がはじまり、大蛇山車(やま)の製作もはかどって祭り気分はいよいよ盛り上り、村中が活気づいてくる。
大牟田 六山車 銀座、本町、大正町、三池本町、三池新町、諏訪
高田 五山車 渡瀬、江浦二の丸、吉原、古町、新町
大和 一山車 東新町
以上は大蛇山の本家で、その分家の大蛇山車ゃ花山車を含めると、その総数は相当の数になるであろう。
柳川藩では、代々の藩主が祇園祭を奨励されたので次第に盛大なものになっていった。
五穀豊饒、悪疫退散、家内安全を祈願する祭礼として、三代藩主立花鑑虎の頃からは代参を神社に遣わされたとのことである。地域の若者たちの間に暑さにも負けない体力を養い村民の団結心を養うことは、有事の際の兵力として最も重要なことである。この祇園祭りは幕府の監視をはぐらかす柳川藩の軍事訓練であるとも考えられる。
又、勇壮な中に優美さょ備えた大掛りな祭礼は、娯楽の少ない農村にとっては、一度の地域を挙げての楽しみであった。時の流れ、世の移りにつれて行事の内容も変わってきたが、地域の伝統行事として、今日まで受け継がれている。
祇園祭りにまつわる伝統によれば、祭神の素 鳴尊が戦いの最中に、胡爪畑で右眼を失明されたので、祭りの準備(宮入り)から祭礼が終るまでは絶対に胡瓜を食事に出さないという。万一、この禁(おきて)を破った者は山車引きの時、車の下敷きになったり、山車の上から墜落して大怪我をしたり、命をおとすと云われて氏子は胡瓜を食べないという。
大蛇山車の制作に当たって、大蛇の骨組みに張る紙は各家庭から集めた大神宮さんの御幣を重ね張りして作る。特に右眼が貴重柄れて、祭礼後に龍眼を授かった家では、新しく神棚をつくり、三方に龍眼をのせて祀るのである。それを朝夕お参りすることで家内安全、悪疫退散をはじめ、願い事がかなえられるのである。
大蛇山車は、祭礼の朝神官の御祓いをうけ魂が入れられるので、その日のうちに崩さないと、大蛇になって暴れ出すと云われている。昔は翌朝の早々に近郷近在の若者たちによって、勇壮な山車崩しの行事が行われ、目玉争奪戦があったが、最近は諸般の事情によって中止されている。
その山車崩しの折に剥は)ぎとった角や牙などを家の門口に飾っておけば、悪病が入らないという魔除けとなるために、集まった見物の人たちは、一片の紙に到るまで拾って帰り、家の門口に飾ったものである。
渡瀬祇園へ
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子授け地蔵さん 上楠田

上楠田の山々に囲まれた谷あいに散在する民家の奥まったところに帝釈寺という黄檗宗のお寺がある。この寺の建立はたいへん古く、弘仁2年(811)三池師親によって郷土の安泰を願って建立されたといわれる古刹である。 このお寺の山門石柱の内側に、四角い台座に座姿勢の30センチばかりの小さな
蔵さんが左右一対に鎮座されている。


この地蔵さんが、何時の頃から祀ってあるのか年代、作者も不明であるが、石像の風化の具合からみて相当の歳月が流れたものと思われる。 ある時期から、西鉄バスの観光巡回の一つに当てられた程に、大へん御利益がある地蔵さんで、「こ焼け地蔵さん」としてずっと昔から噂として人々の間に残っている 世の中は、いつも自分の思うようにならないもので、夫婦の仲が良すぎたり、子供ずきな夫婦にかぎって子供がなかったりするものである。
そんな夫婦が帝釈寺の地蔵さんお拝りすると、きっと子どもに恵まれるそうな。お拝りするときは、きっと左右二体の地蔵さんに拝らないとご利益がないそうな。
寺の和尚さんに、地蔵さんの由来をお質ねしたが全く不明とのことである。重ねてご利益の程をお質ねすると、「・・・・」黙ってにこにこ笑っておられて返事がない。でも、時々子焼け地蔵さんの噂を聞いて、善男善女が遠方から車で参拝にこられるという。
霊験あらたかな地蔵さんである。ありがたや、ありがたや。