三池街道(柳川市編2) 4月23日 晴れ
旧三池街道図 札の辻(柳川)~干渡(大牟田市隈川) 黄緑色
今古賀の道標

国道208号線(番所橋)から東へ入った民家の庭に移設されている。「左瀬高通右三池道」の文字が見える。下の写真は道標の横に建てられて祀ってありました。
写真下左の石には、「宝?尊天」と「弘化三(1846)年十二月吉日」と文字が見えます。しかし、尊天名は調べましたが判りません。

車は「稲田電器」の南側から塩塚川の堤防添いに車1台通る道を進み、「有明沿岸道路」下を通り、「西鉄大牟田線」の踏切を渡り、「逆井出堰」を過ぎて「下田橋」に出ます。
逆井出堰 桜木安左衛門が作った。逆井出の渡しがあった。
観照寺と下田橋(塩塚川) 川の対岸に見える寺です。


下田橋のたもとに地蔵尊が祀られています。
西鉄徳益駅の東側を通り、すぐの三叉路から左折して西鉄大牟田線の踏み切りを渡り、柳川自動車学校の信号で国道208号線に出ます。国道を進み、中島の渡し(矢部川に架かる浦島橋の上流)まで行きます。
豊原一里石(豊原小校門前) 大和町文化財
左(豊原尋常小学校校門石柱)

筑後藩では、慶長17(1612)年、田中吉政が、領内の主な道路に、柳川城下の札の辻(現在の辻町)を基点として一里石・二里石・三里石・・・・を建てました。
柳川から三池陣屋(大牟田市三池)へ通じる三池街道の一里石は、現在の豊原小学校前に設けられ、石柱には「柳河より一里」と刻まれています。
街道筋の豊原は、徳益ー四十丁(しじっちょう)ー塩塚と出店が続き、八百屋・菓子屋・反物屋・日用品屋・木賃(きちん)宿などが軒を連ねていました。塩塚出店を過ぎると鷹尾茶屋があり、街道は中島の町並みに続きます。そして、当時、矢部川には中島から徳島に渡る「中島渡し」がありました。
二里石は、江浦町へ続く旧道四箇所(しかしょ)。三里石は、渡瀬の福正寺前。四里石は、三池新町にそれぞれ建てられました。三池新道は、全長四里一二町六間(約17Km)の里程で、有明海沿岸の村々を結ぶ重要なルートでした。
中島の渡し(写真は現在の中島漁港)


中島祇園祭り
詳しく祇園祭りを見られます。 昔から、大和町中島は祇園祭り・雛飾り・朝市で有名な町です。