「瀬高の酒の歴史」勉強会 7月6日 晴れ 瀬高町公民館 出席者 12名
地図(上庄・下庄) 明治時代
現在の地図に酒造・店舗・寺院・街道などを付け加えたものです。
上庄二百町
「薩摩の
篤姫が江戸へ登る時、
瀬高御茶屋に宿泊したと考えられる」と
半田隆夫著書の「
薩摩から江戸へ」で書いてあります。
上庄本町
下庄中町
下庄新町
瀬高町には「酒の神様」の松尾宮が奉祀されています。
瀬高町下庄は「伊能忠敬測量基点の地」で、薩摩街道と三池街道の追分になります。
高田町で柳川からの三池街道と合流し、大牟田の三池へと続きます。
上庄は薩摩街道と瀬高道の追分になります。
矢部川の開運は古い時代から発達しており、朝鮮半島との交流が盛んに行なわれています。
昭和30年ごろは、瀬高町15軒、高田町6軒、山川町1軒が戦後復活しました。
現在はビールに押されて瀬高町に数件、高田町1軒、山川町0軒になり、さびしい限りです。
明治42年に国道(柳川ー南関間)と瀬高軌道(瀬高ー柳川)が開通しています。