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千寿の楽しい歴史
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2010矢部川(瀬高町小田)千寿の楽しい歴史
矢部川(瀬高町小田)

矢部川のハネ公園から新旧(取り壊し)の南筑橋

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ハネ公園へ リンクします。

八幡神社と神社の横から唐尾の渡しへ

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地図をクリックすると拡大します。

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瀬高の和紙製造の歴史

矢固部新左衛門記念碑(禅院への入口に建つ)


文禄4(1596)年、安土桃山時代の末期、対岸の溝口で和紙の製造が始まり、江戸期に有馬藩と立花(柳川)藩に分藩されると、柳川藩の唐尾でも和紙の製造を始めさせた。

唐尾は対岸の溝口・福島(八女市)や矢部村への街道筋の宿場町として発展したが、薩摩街道の道筋変更などにより旅人が減少したために唐尾宿は寂れました。
街道には境川(矢部川)の渡し舟があり、橋が架かるまで船賃を払っていました。

南筑橋上流には、元禄8(1695)年に田尻惣馬が築いた千間土居があります。全長1、300間(約2・7㌔)にわたる土居は、別名「惣馬が土居」と呼ばれることになりました。

千間土居が完成したあとも、惣馬の治水事業は終わらず、千間土居から船小屋にかけて、水流の勢いを弱めるための水刎(みずはね)(水羽根)の建設や植林などを実施。柳川藩の土居は強固なものとなった。

幕末以降資料はないが、木橋が架けられ、昭和年代にはコンクリート橋に架け替えられたであろう。昭和28年の大洪水でこの南筑橋は流され昭和30年に改修されたが老朽化の為に50m下流に新しい橋(平成22年6月)が完成する。

小田の和紙を製造された家へ  リンクします。

by kusennjyu | 2010-07-27 10:55 | 矢部川
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