2010三池街道(大牟田市米の山⑦)千寿の楽しい歴史
三池街道(大牟田市米の山⑦)

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今山
前記の朱印状に「今山」の村名が出てきます。
「新しく人々が住み着いた地域」の意味から三池に対してそう呼ばれるようになったと考えられます。
米の山
もともとの米の山は、ある小高い山一帯を呼んでいました。
今はずっと広い地域を指し、南米の山・北米の山・東米の山に分かれています。
山の形が米俵に似ていることからそう呼ばれていた地名です。
もともとは山の名前でしたが、山すそい一帯も米の山と呼ぶようになりました。
「今山」と「米の山」には、地名に関係する大牟田の民話が伝えられています。 大牟田の民話をクリックするとリンクします。
井空
高取小学校の北側、長溝川沿いの一帯を「井空」と呼びます。
井空は井口から変化したもので、川の堰という意味です。
今は北井空と南井空に分かれた、広い地域を井空と呼んでいます。
高取山(平野山)
この付近は昔の平野村で、平野山と呼ばれていました。
享保6(1721)年、柳河藩家老・小野春信が隠居で家老を辞めた時、褒美として平野山を領地としてもらい、そこで石炭採掘を始めました。
そして少しずつ鉱区を広げ、明治時代になった頃は大谷坑、小谷坑、本谷坑、梅谷坑、炉谷坑、満谷坑、西谷坑の七坑になっていました。
茶屋の原
茶畑の多い土地を「茶屋」と呼んでいます。地元の人の話では、昔は茶畑が広かったそうです。
ハラはハルの転訛で、原っぱとか開墾地(治・はる)を指します。
芥神
アクタとは、ごみ、くずのことで、役に立たない土地、低湿地帯で利用されない土地のことを呼びます。
ここも湿地帯で、日陰の土地のようです。
アクタカミは「アクタ(芥)のカミ(上)」の土地のことと思います。