人気ブログランキング | 話題のタグを見る
千寿の楽しい歴史
kusennjyu.exblog.jp
ブログトップ
2010祖門和尚の幽霊が現る③(千寿の楽しい歴史)
祖門和尚の幽霊が現る③

祖門和尚物語

5.和尚の幽霊現る

2010祖門和尚の幽霊が現る③(千寿の楽しい歴史)_a0137997_13343296.jpg生涯放浪の行脚僧となり、一傘の笠、一篠の杖、草の枕、苔の茵(しとね)、東西にさすらい、昼は人の家の門に立ち、夜は苔の筵(むしろ)に袖を敷き、岩根に枕して、昨日に変わる今日の己が姿に轉々(うたた)人生の果敢なさを噛みしめるのであった。行方定めぬ旅烏、何時まで続けねばならぬであろうか。

凍てつく月光に無念のはらはらと、世を怨み、人を呪うて幾日かは悲しみのうちに過ごしたが、ついに余りの苦痛に絶えかねて、傷ついた心に加え、身体まで重い病に冒されて看病してくれる親切者もいなければ、病を治す薬も無く、心身共に蝕まれ、生の執着全く失われ、今は死を待つばかりと事態は切迫して来たのである。

どうせ死ぬなら、定林寺で、必死の願いを籠めて祖門和尚、山越え野越え、夜に日についで漸く定林寺に辿り着きしは、草木も眠る真夜中で、気息奄々(きそくえんえん)として瀕死の重体にも、最後の力を振るい興し、大乗妙典に一節を口に唱えつつ、この世に名残りを告げて行った。

青白い月は祖門の死を悲しむかのごとく、何時までもその冷たくなった姿を照らしていた。

翌朝村人たちは骨と皮ばかりになって死んでいる和尚の姿に驚くと共に、新たな涙に誘われるのであった。

純朴な村民によって定林寺の墓地に和尚の死骸は丁寧に埋没された。安らかに一切を超越して眠れ、成仏せよ祖門和尚。

和尚の悲惨な末路に或者は激高の余り、墓碑に向かい、「和尚、これまで苦しめられて死んで、崇ることが出来ないとは情けない。霊魂不滅ならばなぜ祟らぬ」と云いし者もあったというが、ついにある夜何者かのために和尚の墓は無惨にも曝かれていた。

この夜から憤怒の形相凄い、歯を喰いしばって無念そうに、白衣の和尚が現れた。火の玉が定林寺の墓地から舞い上がり、屋山大進の宅へ行くのを見て仰天した村人もあったが、これより以後、毎夜毎晩、白衣の和尚は大進の側に現れて、大進を苦しめた。

余りの苦しさに大進はある時は刀を抜いて家中暴れ回り、ある時は狂気のごとく和尚の幽霊に悩まされ、ついに虚空を摑んで倒れることもあった。

6.罪悪解消の一字一石塔

2010祖門和尚の幽霊が現る③(千寿の楽しい歴史)_a0137997_13353616.jpg昼夜祖門和尚の怨念に苦しめられて、大進今は眼は凹み、骨と皮ばかりに痩せ衰え、慙愧(ざんき)の念に攻められてついに和尚の菩提を弔う可く、一念発起し、大乗妙典を一石に一字写書して、すなわち経塔を建立して罪悪解消を祈願するのであった。

大乗妙典全部を写書する事は大事業である。並大抵の努力では完成し難い、鉄心石腸(てっしんせきちょう)の人にして始めて成し得るのである。

信仰の力は偉大である。人の一年岩をも通すで、ついに屋山夫妻によって一字一石塔は完成された。妙典の威力に成仏したかこの後再び和尚の怨霊は現れる事なく、屋山夫妻死に勝る苦痛より漸く逃れる事が出来た。

至誠(しせい)奇神をも動かすとか、屋山夫妻の赤誠(せきせい)に心解けてか和尚の怨霊は冥途に旅立つ事が出来たであろう。

魂魄(こんぱく)永遠に地中に鎮まりて、虫声淋しく月光を浴びて草根に懐(おも)う、思い出した様に樹木を揺する風、わずかに昔を語るか、今は草木に埋もれし墓地に詣でる人は無く、流転する世相とはいえ、一掬(きく)の涙を注がざるを得ない。

慙愧=深くはじる。また、心に答える恥。

鉄心石腸=鉄や石のようにかたく、外界の物によって動かされない精神。

至誠=このうえない誠意。非常に誠実であること。

赤誠=真心。

魂魄=たましい。霊魂。

写真は6月10日に展示してあったので撮ったものです。

終わり。

by kusennjyu | 2010-08-13 13:39 | 三池街道
|Topに戻る