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千寿の楽しい歴史
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2010豊前街道7の2(山鹿市内③)千寿の楽しい歴史
豊前街道7の2(山鹿市内③)

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地図内でクリックすると拡大します。


国道3号線西山町交差点東側

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左~矢印の下の道路で、国道3号線方向は南関方向になります。
右~矢印は南関から熊本方向になります。

八千代座

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明治43(1910)年、旦那衆と呼ばれていた山鹿の実業者たちが建てた芝居小屋。
2010年で建設100周年。2011年で営業100周年。
江戸時代の様式の中にドイツ製のレールを用いた廻り舞台などを備えた造りで、今も、歌舞伎や郷土芸能などの催しが行なわれ、人々を楽しませています。
国の重要文化財で、公演日以外は館内の見学が可能です。


左~薬師堂  右~さくら湯跡地(駐車場)

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さくら湯は平成22年に取り壊して、今は駐車場になっています。

左~火よけ地蔵尊  右~昼間の惣門通り(火よけ地蔵尊より南側)
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火除け地蔵尊の由来

今から1000年の昔、上市に舞鶴山像成寺と言う真言律宗の大寺院があった時、この所に惣門があり門の脇に地蔵尊が祀られていたので、ここを地蔵口と呼んでいた。

その後、寺の地は、城となり山鹿城・上市城と呼ばれ、菊池家の一族、山鹿氏が代々居城し、400年前の天正16年5月、城主山鹿彦次郎重安が亡ぶまで続いた。

寺院も城も面影がなくなったが、地蔵尊ばかりは残って、地蔵口や惣門の地名を残しており、158年前、弘化3年1月の大火や昭和46年8月の大火にも難を逃れられて無限の大慈悲心を以って、往来の人々の安全を守られ今に霊験あらたなかな火除け地蔵尊として下町惣門中から祀られている。
              
 平成11年11月建立  下町区

惣門(そうもん)とは山鹿湯町南側の入口。江戸時代はここに木戸番があり、町の治安を守る重要な役割があった。

山鹿宿・豊前街道をゆく  クリックして見て下さい。 

by kusennjyu | 2010-08-24 22:17 | 豊前街道(熊本)
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