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千寿の楽しい歴史
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2010豊後街道1(千寿の楽しい歴史)
豊後街道1

豊後街道は、横切った所はあるが、通ったことはない。今回は資料に基づき簡単な説明だけにします。

豊後街道イラスト(熊本~鶴崎)  

豊後街道は、加藤清正が造った本格的な街道です。

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イラスト1(札の辻~二重峠)

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札の辻→法華坂→新堀橋→京町口(豊前街道と分かれる)→観音坂→内坪井→観音橋→

地蔵堂→小泉八雲旧宅→立田口赤鳥居→浄行寺→

子飼(商店街)→一夜塘→熊本大学→桜山人神社→

一里木→小磧橋→竜田口駅→三宮神社→(旧陣内村)→

二里木→武蔵塚→杉並木→三宮神社→(旧弓削村)→

三里木→(旧津久礼村)→杉並木→頼山陽の碑→

原水→(旧南方村)→四里木

菊陽→大津→大願寺→大津宿(1日目)

御茶屋(日吉神社)・手永会所跡→高札場跡(鶴口橋)

大津街道の杉並木

菊陽町は清正公によって植えられた杉並木が続く。並木道の幅は、30~40mにも及び、熊本市の子飼から大津町の約15Kmにわたっている。
現在は、県道と鉄道とがその中を並んで通る。

イラスト2(二重峠~久住)

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大津宿→(国道39号線)→清正公道→新小屋→六里木

→ミルクロード→七里木→二重峠の石畳

(難所)→坂の下→八里木→的石(御茶屋)→産神社→九里木→崇城大学阿蘇研修所→御前水→

十里木内牧宿(第2日目)

内牧宿→十一里木→道尻→役犬原→塩塚→

十二里木→古神→坂梨(宿場)→

十三里木→滝室坂(難所)→

十四里木→道の駅波野→笹倉→

十五里木→茶沸場跡→(産山村)→壁谷の道標→

大利の石畳・弁天坂(難所)一里山(十六里木)境の松の石畳(難所)→豊後へ。

坂梨宿場

坂梨の通りには、50軒以上の宿屋、酒造業、呉服屋、問屋、医者など屋号を持つ家が並んでおり、明治初年には

桝屋(問屋)、山城屋(旅人宿)、富永屋(造酒屋)などの屋号を持つ家があった。

江戸時代、ここには番所があり街道を行く旅人を厳しく取り締まった。

その中には明治10(1877)年、西南戦争の時、西郷隆盛率いる薩軍の本部になった造酒屋もあった。

坂梨手永会所跡は下町の天神橋の一つ手前を南に入ったところ一帯にあった。

豊後街道の最大の難所、滝室坂

平成元年から6年にかけて復元された歴史の道・滝室坂の石畳。

この坂は豊後街道最大の難所である。

江戸時代に参勤交代で利用された滝室坂は、高低差が200m、距離にすると3kmにおよぶ急な坂。

行列は坂梨御茶屋で一度休息を取り、覚悟を決めて一気に坂を登ったという。

by kusennjyu | 2010-09-02 09:28 | 豊後街道
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