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千寿の楽しい歴史
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2010豊後街道2(千寿の楽しい歴史)
豊後街道2

イラスト3(境の松~今市)

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豊後領へ(大分県では肥後街道となる。)

慶長6(1602)年、加藤清正は、徳川家康から関ヶ原の恩賞として、小西行長の旧領をあてがわれ、肥後一国の大名になった。その時、天草郡の領土を断り、久住・野津原・鶴崎など23000石を頂戴し、豊後の国に参勤交代の道路を確保した。

瀬戸内海に向けた海の玄関口である鶴崎への通路を確保した。

(境の松)→三本松→米賀の石橋→白丹(しらに)→神馬の眼鏡橋→

十八里木

久住宿第三日目

参勤交代では、内牧から久住までの八里を一日で駆け抜けたというから、家来にとっては一番疲れる旅路であった。

久住は昔から交通の要所であった。

北へ小国街道、南へ竹田街道、そして東西へ豊後街道が走っている。

街道をつなぐ石橋  田町川橋・七里川橋・境川橋

久住宿→七里川橋→境川眼鏡橋→ロードパーク→古屋敷→四つ口→追分(竹田城への分かれ道)→

神堤(二十里)→長湯→丸山八幡宮→今市宿

イラスト4(今市~鶴崎)

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今市→堪水→矢貫石橋→伊塚の石畳→二十六里

野津原宿 第四日目

野津原→七瀬川渡し→胡麻鶴橋→大分川土手→乙津橋→

鶴崎宿 第五日目→鶴崎御茶屋跡→剣八幡宮→

三十一里→堀川公園(船付き場跡)

この港を出て、海上128里、さらに東海道を132里を経て江戸へ向かった。

 
by kusennjyu | 2010-09-02 17:36 | 豊後街道
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