人気ブログランキング | 話題のタグを見る
千寿の楽しい歴史
kusennjyu.exblog.jp
ブログトップ
肥後街道(小保町3)千寿の楽しい歴史
肥後街道(小保町3)

肥後街道(小保町3)千寿の楽しい歴史_a0137997_15224872.jpg



吉原義朗家住宅当住宅は、主屋の屋根勾配が急で棟高は約9mと小保町の通りでは最も高く、大型町屋のスタイルをとっています。
別棟の離れ座敷は、棟門と式台玄関を構えた屋敷造りとなっています。

建築年代については、式台玄関蟇股に天保9(1838)年の墨書銘があり、また当家所有の木板に享保元(1801)年、桐箪笥の木片に文化3(1806)年の銘がのこっており、さらに蟇股の彫りが旧吉原家住宅のものとよく煮ていることから19世紀前半頃に主屋が建てられ、その後に離れ座敷が建てられたと思われます。

当住宅は、丸太を組み合わせた主屋屋根裏の小屋組の構造を見ると、江戸時代の建築技術が伺えます。
また、座敷床の間の柱の奥には刀による抜打ちに備えた身隠しの空間が設けられております。

当家は、本家より分家された当時、造り酒屋だったため、地元の人達からは酒場(屋号)と呼んで親しまれてきましたが、最近はあまり聞かれなくなったようです。

現在の住宅は、平成6年に平成3年9月の台風により被害を受けた屋根瓦の全面葺替えを行うとともに、町並み保存の見地からほぼ旧状どおりに修復されたものです。

大川市教育委員会

肥後街道(小保町3)千寿の楽しい歴史_a0137997_152727100.jpg



東 正行家住宅

現在の当主は4代目に当たります。
屋号は錨屋といい、明治期に船道具を製造販売していたそうです。

間取りは一階と二階に座敷をもつタイプで、数間幅の通り土間は、当時は作業場として利用されていました。
ところどころに改造の痕跡がありますが、建築当時の姿は、現在の間取りに近いものであったと思われます。

箪笥の引戸に明治35年、東勝蔵の墨書があり、明治前期の建築と思われます。

大川市教育委員会


続きます。
by kusennjyu | 2010-09-07 15:17 | 肥後街道
|Topに戻る