唐尾の祭り

唐尾は矢部へ行く主幹道路が通り
矢部往還と言います。
矢部往還は柳川城下の札の辻~白鳥(一里石)~中山(二里石)~本郷(渡し)~下長田~壇ノ池~長田(三里石)~
唐尾~山中~山下(三里十町)~山崎~谷川~田形~土窪~木屋~大渕~矢部の順で、矢部から竹原峠を越えて日田へ通じます。
唐尾は柳川藩が認めていた在町でありませんが、在町である
上妻郡の山下(現在の八女市立花町)の手前になり、唐尾からは矢部川の
渡しで対岸(久留米領)の溝口に渡っていました。
現在の交通
平成22年に新南筑橋が完成して旧南筑橋の西側を開通している。旧南筑橋は取り壊されています。
唐尾を通過する道路の横には小川が流れ、景観が良く、川の流れの音など風情があったが、交通量が多く道路幅が狭いため、コンクリートで蓋をして、昔の面影はなくなっています。
北矢部から日田市中津江村合瀬(道の駅鯛生金山まで)間は竹原峠トンネルが開通して時間短縮しています。
江戸時代は和紙の生産が栄えた在郷であった。
唐尾の手漉き和紙の紹介へ。
唐尾の祭り
八坂神社の祭礼「風流」 やさかじんじゃのさいれい「ふりゅう」
市指定無形民俗文化財 昭和56年9月1日指定
毎年7月13日(もとは旧暦6月11日)、唐尾の八坂神社の神事として風流が行われている。
風流の起こりは安永4年(1775)、柳川藩主より仰せ付けられて行ったのが始まりと言われている。
初期の風流は、神輿に神主・楽人が付き従い、次に小田・平田・唐尾・中島の順序で、鉦・太鼓・高張傘・鉾などの行列を仕立て、各村を巡行し神前に奉安するものだった。
だが寛政6年(1794)に平田の小供踊が無くなって以降は、唐尾のみの行事となった。
明治5年(1872)に唐尾の小供踊も止み、現在では風流だけが奉納されている。
在町である山下の山下祇園は唐尾より早い7月10日に行われます


3枚の祭りの写真は坂田(富)氏の提供です。 ありがとう、ございました。