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千寿の楽しい歴史
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唐尾の祭り(千寿の楽しい歴史)
唐尾の祭り
唐尾の祭り(千寿の楽しい歴史)_a0137997_19393880.jpg唐尾は矢部へ行く主幹道路が通り矢部往還と言います。

矢部往還は柳川城下の札の辻~白鳥(一里石)~中山(二里石)~本郷(渡し)~下長田~壇ノ池~長田(三里石)~唐尾~山中~山下(三里十町)~山崎~谷川~田形~土窪~木屋~大渕~矢部の順で、矢部から竹原峠を越えて日田へ通じます。

唐尾は柳川藩が認めていた在町でありませんが、在町である上妻郡の山下(現在の八女市立花町)の手前になり、唐尾からは矢部川の渡しで対岸(久留米領)の溝口に渡っていました。

現在の交通

平成22年に新南筑橋が完成して旧南筑橋の西側を開通している。旧南筑橋は取り壊されています。
唐尾を通過する道路の横には小川が流れ、景観が良く、川の流れの音など風情があったが、交通量が多く道路幅が狭いため、コンクリートで蓋をして、昔の面影はなくなっています。

北矢部から日田市中津江村合瀬(道の駅鯛生金山まで)間は竹原峠トンネルが開通して時間短縮しています。

江戸時代は和紙の生産が栄えた在郷であった。 唐尾の手漉き和紙の紹介へ。

唐尾の祭り
八坂神社の祭礼「風流」  やさかじんじゃのさいれい「ふりゅう」

市指定無形民俗文化財   昭和56年9月1日指定

毎年7月13日(もとは旧暦6月11日)、唐尾の八坂神社の神事として風流が行われている。

風流の起こりは安永4年(1775)、柳川藩主より仰せ付けられて行ったのが始まりと言われている。

初期の風流は、神輿に神主・楽人が付き従い、次に小田・平田・唐尾・中島の順序で、鉦・太鼓・高張傘・鉾などの行列を仕立て、各村を巡行し神前に奉安するものだった。

だが寛政6年(1794)に平田の小供踊が無くなって以降は、唐尾のみの行事となった。
明治5年(1872)に唐尾の小供踊も止み、現在では風流だけが奉納されている。

在町である山下の山下祇園は唐尾より早い7月10日に行われます

唐尾の祭り(千寿の楽しい歴史)_a0137997_2030967.jpg唐尾の祭り(千寿の楽しい歴史)_a0137997_2030251.jpg

3枚の祭りの写真は坂田(富)氏の提供です。 ありがとう、ございました。
by kusennjyu | 2010-10-14 20:23 | 郷土唐尾
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