第20回、最後の「新ふいご祭」 11月28日(日) 午前9時30分~午後3時 曇り
左~先代国治供養費 右~天地剣稲荷神社

左~三種之宝記念塔 右~公開鍛錬前の見物客
正月の仕事初め式で毎年、作ります。これは、鑢(やすり)をかけないで、そのままです。

三種の宝は真ん中が剣で政治を、右が鎌で生産を、左が蔵の鍵で財政を表します。
鍛錬場

鍛錬場内の神棚

私は午後から柳川と大川へ行く予定にしていましたが、新ふいご祭で「日本刀の試し切り」があり、大牟田へ行きました。
最近は江戸時代に還ったようなような思いです。
それは、ブログを見てもらえば判りますが、南関町の大名行列・葦北鉄砲・御茶屋と薩摩街道を歩く・豊前街道を行く・豊後街道を行く・三池街道と有明新報で大石進の少年時代の「白銀川の櫨」の連載があり、読んでいます。午後からの行事の試し切りに興味を引かれ、自宅に帰り食事をして、再度行きました。
大石進は大牟田市宮部の生まれで、突きの名人と言われた柳河の剣豪である。
後に江戸に行く、直新陰流の男谷精一郎と試合をして勝ち、それから一躍有名になった。
11月25日には自衛隊でヘリコプター・大砲・機関銃を見物しました。これは、ブログに揚げていません。
28日は大川市で風浪宮の流鏑馬がある。大祭は、永禄3(1560)年の本殿再建から450年の節目を迎えたことを記念して行われている。
柳川市では、北原白秋生誕125年と詩集『思ひ出』発行100周年記念フォーラムが行われた。
大牟田の「新ふいご祭」は第20回目で一応最後の催しである。
先代の国治がなくなり、今の国治の兄が亡くなられた次の年から始められている。
鞴(ふいご)祭の由来
鍛冶屋・鋳物屋・石工など鞴を使う職人達が旧暦11月8日に行う祭。
祭神は金屋子神あるいは稲荷神踏鞴祭ともいう。
古来より鍛冶屋達は鞴祭の日は一日仕事を休み鞴に締縄を張り、御酒赤飯等を供えて祭った。
現代の刀匠の間でも鞴祭の日になると神主を呼び鍛冶場を清めて一年間の無事安全を祈り技術向上を誓う人が多い。
尚鞴は吹子とも書き、金属の精錬に用いる送風機の事である。
天地剣稲荷神社前のけいじばんよによる。
午前9時30分~午前11時15分頃まで、鍛錬場で「日本刀はこうして出来る」の公開鍛錬が行われた。
四郎国光の歴史
祖先は江戸期柳河御番鍛冶であった信濃守武藤久廣。
その血を引き継ぎ小宮家(四郎国光)は刀鍛冶一門の中では全国的にも珍しい5人の刀匠を擁しており、作風もそれぞれに異なり、業界でも注目を集めている一族です。
昭和16年、刀の切れ味や美しさを競う「全国試し切り大会」が開催され、皆様もご存知の「虎徹」と共に決勝まで進み、見事優勝を果たした結果、切れ味「日本一」の称号を手にしました。
以来、「四郎国光」の名は全国に広がり、展覧会においては最も優れた刀の三振の一つに選ばれ、天皇陛下への献上刀として納められ、その刀を作った、先代四郎国光に支持した四郎国治を初め、その姿を見て育った。
二代目四郎国光、国忠、安光、六郎国天も作刀技術を絶やさぬ様に、自ら刀鍛冶となり伝統を現在に継承しています。
毎回出品している新作刀展覧会では、各刀匠が「優秀賞」、「努力賞」、「入賞」を、六郎国天は初出品で「新人賞」と「努力賞」を獲得しました。
このように、「四郎国光」では世界に誇れる芸術を後世に伝えて行くために、日々、鍛錬と努力を重ねている。
天地剣稲荷神社前のけいじばんよによる。
主催 株式会社 四郎国光
後援 大牟田物産振興会 倉永新道よかもん会
国治刀匠の説明入りの動画に撮ったものを、次から揚げていく予定です。