童話 鳩になったおそめさん 鶴 記一郎著
「ふるさと昔ばなし」にみやま市瀬高町の鶴 記一郎氏が投稿したものです。
著者は亡くなりましたので、福岡市在住の娘さんの承諾を得てあげています。
300年ほど昔、唐尾に働き者で、子供好きの夫婦がおりました。お金もたまり、家も新築して、はためにはとっても幸せに見えました。
ところが、いつからか夫婦は沈んだ顔をして、いつも下を向いて歩き、近所の人々をさけるようになりました。そのうち、2人はすごいけんまくでけんかを始める始末です。見かねた隣の人が思い余って事情をたずねますと、2人は顔を真っ赤にし、目をうるませ「私達には子供がいなくて、とても寂しいのです。この世がいやになり、もう死のうかと思います。」と話しました。
隣の夫婦をあわれんで、「必ず子供が授かる方法を教えましょう。だが、それはとても厳しい行をしなければなりませんができますか。」と言うと、すかさず「子供を授けていただくのなら命をかけてやります。どうぞ教えて下さい。」とお願いしました。

「では、教えましょう。行というのは、2人で毎日朝暗いうちに、矢部川で水ごおりをたった後、地蔵様に願を立てるのです。期間は丸1年、1日でも欠けたら子供は授かりません。」
それからというものは、もともと正直者の2人ですから、どんな苦行も問題にせず、雨や風の日も厳しい寒さの冬も、猛吹雪の日も耐え抜いて実行しました。
地蔵様の霊験はあらたかで、その翌年、それはそれは、天女のお姫様ではないかと思われるような可愛くて気品のある赤ん坊が授かりました。名前は、お坊さんに「おそめ」と名づけてもらいました。
夫婦の家は、冬が一挙に春にかわり、花々が咲き乱れたようなにぎやかさになりました。夫婦は元気をとりもどし、以前にもまして楽しく働くようになりました。
「おそめ」は両親の愛情に育くまれ、すくすくと成長していきました。
やがて、寺小屋に行くようになると、読み・書き・そろばんとなんでも上手になり、13歳で先生の代わりをするようになりました。友達とも仲良く遊び、あやとり・お手玉・おはじきなど何でも上手で、誰にでも親切でしたので、みんなの憧れの的でした。
家では農作業を手伝い、時々ふなやき(ホットケーキ)などのおやつを作っては、野良で親子3人で楽しいお茶の子会を開いていたそうです。

その頃、唐尾の矢部川の堤防では、雨期を控え、洪水を防ぐための緊急な土木工事が進められていました。工事は鬼奉行といわれるやかましい役人の命令で進められました。
下役、人夫に狩り出された農民は、毎日つらい仕事に追われていました。この工事の中で困難なものが、刎(はね・水の流れを変え、ゆるやかにするもの)の築造でした。深くて流れの急な川のカーブしている川底に根石(底の基になる石)として大きな石を据えつけなければなりません。4、5人の人夫が水にもぐって何度も試みましたが、失敗に終わり困り果てていました。
ある日、河岸にある役人の工事事務所に呼び出された唐尾の庄屋さんが、真っ青な顔をして息せき切って帰ってきました。
庄屋さんは役人から命じられた『神のお告げで、10才から20才までの娘で横縞の着物を着ている者を人柱にすることになった。早く探し出せ。出さねば村全体にさらに重い難題がふりかかるぞ。』との命令を吐き捨てるように口走り、玄関にばったり倒れてしまいました。
早速5,6人の村役が集まり話し合いましたが、庄屋が承知したからにはどうにもなりません。後の難題を恐れて該当者を探しますと、なんと横縞の着物の主は「おそめ」さんでした。運命とはいえ、あまりにも残酷です。横縞の着物は母親がおそめさんのために夜なべして織り上げたものでした。
このことを知った両親は、気も狂わんばかりに呆然となり、目もうつろ言葉も発することができません。おそめさんは、一瞬、何とも言えない異様な表情になりましたが、やがて、平然と「お父さん、お母さん、心配しないでよ。こわくなんかないんだから。」と、かえって両親をなぎさめるのでした。その落ち着いた姿に村人たちは涙をそそられるのでした。

やがて、人柱決行の日がきました。おそめさんは、白無垢、純白の帽子、真紅の鼻緒のぞうりの出で立ちで村役の後を歩いて行きます。村人は総出で、おそめさんの後について念仏を唱え歩きます。おそめさんの友達は声をあげて泣き出しました。初夏の堤防の萌えたつ楠の若葉も、昨夜の雨にぬれて、泣いているようにしずくを落し続けています。
おそめさんは、恐がる様子もなく健気な姿で積みかけの刎(はね)を軽々と登り、登り詰めた所で、一呼吸すると、あどけない毅然とした姿で「エイッ」とばかり青々とした水の中に身を投げたのです。

村人のどよめきが止み、一瞬、水を打ったような静けさに包まれました。不思議なことに飛び込んだ水面付近は鏡のようにおだやかで、さざなみさえ見えません。2、3秒の時が流れたでしょうか。
純白の1羽の鳩が水面から顔を出し、2、3回羽ばたくと舞い上がり、空高く飛び立って行きました。
村人はいつまでも、いつまでも鳩の行方をじっと見つめていました。
さて、さしもの難工事だった刎(はね)の工事もおそめさんの霊力のお加護(守り)でしょうか。立派に完成し、唐尾や下流の人々は、どんな大雨や洪水にも枕を高くして眠ることができるようになりました。
人々はおそめさんはお地蔵さんの生まれ変わりだったとうわさしあいました。
刎(はね)のある南筑橋のたもとにある『延命地蔵』さんは、おそめさんの霊が宿っています。「おそめ」さんの霊やすかれと村人たちが建立したものです。
《おわり》
「有明文化圏断章」鶴記一郎著(個人出版)より。
現在は旧南筑橋は取り壊されてありません。元の橋のたもと(河原)に立っておられます。
正月3ケ日は、お参りされる方に、お守りが授けられます。
お参りされた方の話では、お参りして何かが違うようだとのお声も聞かれます。
霊力あられる『延命地蔵』さんに、あなたもお参りしませんか。