みやままっぷウォーク・きよみずコース 4月16日 曇り
清水山荘下をスタート→本吉諏訪神社(安産の神様)

本吉から長田まで長い太閤道を進む。豊臣秀吉が島津討伐のために通ったと言われる道です。
途中には本吉の八坂神社・八剣神社があり、蒲池焼窯を右手に見ながら通過します。
女山(ぞやま)公民館を過ぎて、間もなく個人宅の所有地内にある
長谷水門に着きます。

女山神籠石列石中に北から数えて横尾谷(粥餅谷)、長谷、源吾谷、産女(うぶめ)谷の四ヶ所に水門があったが、ほぼ原型を留めているのは横尾谷水門と長谷水門だけである。
これは、国指定史跡女山神籠石の列石の一部であるが、古代九州で権勢をふるった権力者が外敵の侵攻に備えた山城であろうと云うのが定説とされています。
長谷水門横に咲くしゃくなげ

日子神社と女山神籠石の案内板

草葉の香椎宮

最後を歩いて着いたら、説明が終っていたので香椎宮の歴史が判りません。
めがね橋

この橋は、大塚地区を流れる返済川に架けられていた石造の独特な構造を持った眼鏡橋です。
文久4(1864)年、大塚地区民が中心となり女山・草葉の 人たちによって造られたもので出資者は梅野六之平氏、設計は、大塚の西田氏(のちに学習院長になる)、施行は湯谷村(現在の大牟田市四箇)の石工、儀平氏と中原村(現在の山川町中原)の宗右衛門氏によると伝えられています。
石材は飯江山(飯盛山)より切り出したもので、石質は、女山の神籠石と同質のものです。
この度、返済川の改修に伴い、この地に永く保存するため移転したものです。
平成元年5月吉日 瀬高町教育委員会の説明板より。
旧清水山道の横の川には水車が7基設置されていました。
瀬高町上庄の酒屋は酒米をここまで運んで水車でついていました。
旧清水山道

ここを上り、最初の出発地に戻り、解散しました。