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千寿の楽しい歴史
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2011三池街道(高田町江浦町・溝尻)・千寿の楽しい歴史
三池街道(高田町江浦町・溝尻)

この三池街道には、柳川藩の十三の「在町」(農村に町立された集落)のうち、中島町・江浦町渡瀬町・三池町の四つが形成され、宿場町としてに在町は、渡瀬町と三池町でした。

     家数  在店 藩に納める運上銀 丁間(在町の長さ)

江浦町 102軒  9店  32貫600文  7町34間(約830m)

渡瀬町 120軒  9店  19貫600文  5町43間(約630m)

明治12年江浦町職業別調査

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昭和初期 江浦町店舗

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昭和初期職業別調

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昭和初期の三池街道の点景   「郷土江浦町」より。

渡里を出て四箇所を通り二里石を左に見て櫨と柳の往還を江浦町へ入る。

お宮の大榎の下まで来ると常夜燈の横の鍛冶屋からトンカントンカンと槌音が長閑に響いて来ます。

するともうすぐそこに赤い郵便箱の掛かった穀物と雑貨の老舗があります。いよいよこの所から店が続くのです。

隣は床屋、その隣はタバコの軒看板を下げた綿屋です。店と並んだ綿打直し工場では、凄い綿埃の中に目ばかり出した23人の女たちが忙しげに働いていました。

綿屋の向いは荒物と雑貨の店で、軒先には所狭しと旗竿と釣竿が立てかけてあり、その奥にダブス栓のついた酒の小売用の甕(かめ)が見え、山の様な商品の中でいつも元気な叔母さんの声がしています。

隣は蝋屋です。通りに沿う工場で夕方になるとスイッチを切った回転機のベルトが、あゝやれやれと言うように、グググーっと音を立てて停止します。と、表の通りはしーんと鎮まり返るのです。

向いは飴型屋、その隣は傘屋、その前は油屋です。
油の絞り船から湯気の立つ油粕を、裸の親父さんが一人で汗みどろになって掻出しています。

隣は屋台を仕事にしている家で、雨の日は土間に屋台が引き入れられています。

向いは海鼠(なまこ)壁のある呉服・反物の店で物腰の静かな刀自の店番で、隣は人力車、その向いは果物屋で西瓜や柿の頃は、店中てんてこ舞をします。
柿の渋抜きの時期は渋抜きの五衛門釜の藁蓋からぽーっと柔らかな湯気が表の通りへ流れてきます。

隣は間口のひろーい塩物屋で、その隣は左官屋です。
流行の改良くどや万年風呂を前の空地に干し並べてある日もあります。

空地の隣は元砂糖屋さん、その隣は染物屋さんで大きな藍甕(かめ)が十ほども並び、藍甕の縁(ふち)を歩いているのを見ると、いつ甕の中へ落ちるかと心配して覗いた時もあります。


隣は電球の取換えをしてくれた電業所で、仕立て屋、菓子屋と並び出張病院があり、駐在所と続き、分限者の多い吉原の中心になります。

弓の矢の様な鉄の柵の立つ銀行の跡があり、やがて潮湯があります。
この風呂は手拭いがすぐ茶褐色に変色するので、色の濃いほど潮湯の常連さんです。

こうして田中へ入ると、やっぱり少林寺までずーっと鰻屋、菓子屋、雑貨屋など店が連らなり、少林寺手前の自転車屋を右に折れる角が茶碗屋です。

向いは肉屋で、隣は精米所が2軒も並び、向いはお菓子屋で、隣は薬屋です。
薬を入れる抽き出しの多い大きな箪笥がすわっていました。

向いは酒の醸造店です。やがて二階建ての郵便局へ来ます。その向いは江浦村役場です。
代書人さんも、ちゃんと役場の隣に居ます。田中を過ぎると光萬寺です。

光萬寺の前まできますとマルエの醤(ひしを)の匂いと鰻の蒲焼の匂いがぷんぷん漂っています。

そんな町中に呉服屋、饅頭屋、鶏屋、塩物屋、それに昼も明々と電灯の灯っている提灯屋、砂糖屋、隣に酒屋、向いは造り酒屋、そこを左へ折れると小間物屋あり床屋、菓子屋と続きやがて店がつきれば溝尻です。

懐かしい風景ですね。

平成3年 江浦町店舗

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平成2年職業別調査

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左~三池街道横のマルエ醤油   右~三池街道(溝尻)

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伝承行事

祇園祭  大蛇山の動画へリンクします。

臼かぶり 臼かぶりの動画へリンクします。

三池街道の出店

柳川城下から三池御陣屋までの四里十二町八間に三ケ所の『出店』があった。

四十丁出店(大和町)・溝尻出店(高田町江浦)・倉永出店(大牟田市倉永)
 
この出店は街道筋の眺望の良い場所で、お茶屋、お菓子屋、宿場、日用品その他出店に行けば何でも用事が満たされた。

街道を通る人々は、出店の茶屋に休憩してお互いに四方の話をし合うのも又楽しみであった。
宿泊者は旅の苦労や用件を語り、途中の注意を教え合い、明日の無事を祈ったりして木賃宿の一夜は話しの中に更けていった。

「加護で行くのは家老さん、飛んで行くのは飛脚さん、越中富山、田代、高瀬の薬屋さん」という言葉が残っているが、街道を旅する人々の様子が創造される。

溝尻出店には永江家、益城家が居られて、長崎で蘭法医学を学び溝尻に開業された。
内科、外科、骨節科があって、入院患者が多くなり、遠方からの患者の宿屋もあった事である。

溝尻の北向き地蔵さん

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溝尻出店の東方の出外れに小川が流れていて、その橋の袂に北向き地蔵尊が祀ってある。もう一つは三界万霊と刻んである。
この地蔵尊は天保4(1833)年に建立されたものである。

民話 北向き地蔵さんへリンクします。

次回は三軒屋から紹介します。

by kusennjyu | 2011-05-15 17:34 | 三池街道
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