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民話 有富のカッパさん・千寿の楽しい歴史
民話 有富のカッパさん

大江の有富に若宮八幡宮という社(やしろ)があります。神殿に祭神(神社に祭ってある神)の豊玉媛と玉依媛の二柱の神様が祭られていますが、その周りに裸像で、腰に布か腰みのを巻き付けている像が19体祭ってあります。大江の人々は、俗に”カッパさん”と呼んでいます。

剣を持った人、御幣(神祭の道具で、紙または布を切り、細かい竹か木にはさんでたらしたもの)を持った人、斧を持った人、日月の旗を持った人、釣竿を持った人、また、怒った顔をした人などさまざまです。昔は、もっとたくさんの”カッパさん”が祭られていたそうです。

これらのカッパの祭神は、遠い昔、南の国からやって来て有明海にたどり着き、矢部川をさかのぼり、支流から有富の地にたどり着いた人々(海人族)だろうと考えられます。

その頃は、大江という地名が示すように海が入り込んだ海浜で、矢部川も遠浅の洲(す)や葦(あし)の原が広がっていたと思われます。

大江の南、太神(おおが)の栗の内にある高野(こうや)の宮には、七支刀(いちしとう)を持った神像と”カッパさん”が祭られています。

瀬高には、他にもいたる所に”カッパさん”が祭られています。全部で21ヵ所を数えることができます。

有富にたどり着いた”カッパ族(海人族)”は、土着(その土地に生まれ住みつくこと)の人々と力を合わせ、農業や漁業を営み、生活の場を求めてしだいに広がっていったと考えられます。

”カッパさん”の姿や形はそれぞれちがっています。手にしているものも鎌、稲穂、斧、剣、釣竿、御幣、日月旗などさまざまです。

日月の旗を持った”カッパさん”は、航海術や天候、潮の干満、星座や方角、月の変化によって暦を読んだりする術にすぐれ、農産物の種まきや収穫の方法などを教えました。

目を凝らし、口を大きく開き、腹のふくらんだ”カッパさん”は、病気や怪我の時の薬草を教え、彼岸花や胡瓜などを持ってきて植えました。彼岸花は干ばつの時の食糧となり薬草になりました。

このように、カッパ族(海人族)は、土着の人たちと混血しながら、生活のしかたや農漁業の方法などを教えましたので、後世の人々がその徳をしのび、”カッパ像”を作って祠(ほこら)に祭ったのでしょう。

”カッパ族(海人族)”によって、瀬高町は古くから農耕が盛んに行われていたと思われます。その中心が有富だったのでしょう。

  「ふるさとの昔ばなし」-瀬高の民話と伝説ー瀬高町教育委員会発行より。
by kusennjyu | 2011-05-28 07:49 | みやま市の民話と伝説
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