伝説 ごろ助幽霊
私の住んでおります女山(ぞやま)の屋敷は、道路と水路にはさまれ船のような形をしていますので、昔から“入り船家敷”といわれております。
この屋敷は、大正の初めに大沢という武家の子孫の方より父が購入しておりましたので、戦後、私が分家して普請(家を建てること)して住むことにしました。
住んで何日かたった頃、近所の人たちが、
「何(な)んか出てこんかんも。」と聞くのです。
「何も出てきません。よく眠れますよ。」
と言いますと、不思議そうな顔をするのです。
それは、昔この屋敷には北西に土蔵(今もあります)があり、中程に門がある大きな草屋根の家があったそうですが幽霊が出ていたらしいのです。
ですから、人々は今も幽霊が出るにちがいないと思ってたずねるのです。
昔、この家にごろ助さんと言う人が住んでいました。ごろ助産は、大塚地区の人で、大沢家の下男(げなん・下働きをする男の人)でした。
ある日、門前にしゃがみこんで苦しんでいた「おかつ」と言う女の人を助け、大沢家の女中として住まわせていましたが、いつからかお互いに恋心が生まれ愛し合うようになりました。ですから大沢家の主人も結婚させてあげようと考えていました。
そんなある日、主人のお供で旅に出て帰ってみますと、おかつは行方不明になっていました。何日も何日も、一生懸命に探し回りましたが、おかつさんが愛用していた櫛(くし)と草履(ぞうり)が見つかっただけでした。たぶん、殺されたのでしょう。
「おかつよ。どうか姿を見せてくれ。」とごろ助さんは祈り続けました。すると「ごろ助さん・・・・」と、かすかな声で、闇の中から呼ぶ声が聞こえてきました。
あたりを探しましたが姿はありませんでした。
ごろ助さんのおかつを思う心は一層高まるばかりでした。まぼろしのように浮かんでくるおさつさんの姿は、血を吹き哀れみを訴えていました。
おかつさんをいとおしく思うごろ助さんは、日に追うにつれやせて細り衰えていったと言うことです。
幽霊が出たとしても、おかつさんの幽霊なのになぜ“ごろ助幽霊”というのかわかりませんが、私がすむようになってから50年の間、今まで一度も、sれらしいことは起こっていないことをつけ加えておきます。
「ふるさとの昔ばなし」-瀬高の民話と伝説ー瀬高町教育委員会発行より。