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千寿の楽しい歴史
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2011江戸時代の旅を想う・千寿の楽しい歴史
江戸時代の旅を想う

松尾芭蕉の「おくのほそ道」の有名な書き出し──

 「月日は百代(はくたい)の過客にして、行かふ年も又旅人也

(月日というのは永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である)

それでは陸奥(みちのく)を目指していざ行かん、「行く春や 鳥啼き魚の目は泪」と元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)、45歳の芭蕉は江戸深川を意気揚々と出発したものの、埼玉県の春日部の宿にはほとんどへろへろになって着いたようだ。

約36キロの行程で、9時間は歩きづめである。

旅の初日にぐったりするというのは、お気の毒ながらちょっとおかしみがある。

「痩骨の肩にかゝれる物、先(まず)くるしむ。只身すがらにと出立はべりを、紙子一衣は夜の防ぎ、ゆかた・雨具・墨筆のたぐひ、あるはさりがたき餞などしたるは、さすがに打捨がたくて、路次の煩となれるこそわりなけれ」

(やせ細って骨ばる肩にかかる荷でまずは苦しむこととなった。

ただ身一つで旅立とうとしたのだが、夜の寒さを防ぐ紙子一着、ゆかた、雨具、墨筆のたぐいは欠かすことができず、あるいは断れずに受け取った餞別もやはり捨てることができず、道すがらの苦労となったのは仕方のないことである)

俳聖松尾芭蕉・みちのくの足跡

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重たい荷物を持っての徒歩の旅だから今の我々が想像できないほどの難渋だったろう。

キャリーバッグ (キャリーケース)もないのだから大変だ。

「全行程600里(2400キロ)、150日間(約半年)」(ウィキ)の旅だから荷物も多いのである。

弟子の曾良(そら)が随行しているとはいえ、彼も41歳で芭蕉翁と同様に当時では初老だから二人で荷物を分けるしかない。


(次回に続く)

by kusennjyu | 2011-07-07 19:21 | 旅行記 |Topに戻る