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千寿の楽しい歴史
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2011みやま市に伊能忠敬測量起点之地がある・千寿の楽しい歴史
みやま市に伊能忠敬測量起点之地がある

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下庄新町  薩摩街道から三池街道の分起点地が伊能忠敬測量起点之地です。

伊能忠敬測量起点之地の碑   写真をクリックすると拡大します。

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伊能忠敬は府中(久留米)~羽犬塚(宿泊)~尾島(舟小屋)~本郷~上庄(お茶屋宿泊)~下庄新町の起点)より測量、東へ市場(現・元町)~大竹~前田、~築廻(つくもじ)(現、東町)~吉井~北広田(現・松田)~在力(現・清水)~野町~原町~中原~三峰~北関と測量している。

三池街道は南へ行き、現高田町で柳河城下の辻の札を起点とする同じ名前の三池街道と合流する。

薩摩街道は上庄で北側に行きますが、そのまま直進すれば柳河城下へ行く柳河道(瀬高道)です。

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1745~1818年。上総国山辺郡小關村に生まれる。

下総佐原村の名主を49歳で隠居し、50歳で江戸に出て西洋暦学、測量術を学ぶ。

彼は頑健な体格ではなく、しかも痔や痰咳などの持病があったが、憑かれたように55歳から71歳まで17年間にわたり3万5千キロを歩き、日本で初めての正確な地図「大日本沿海輿地全図」を作成する。

そして文政元年、江戸八丁堀亀島町の屋敷で大往生をとげた。遺言はただ「恩師高橋先生のお墓のそばに葬ってくれ」ということだけであった。

伊能忠敬測量地図は平成23年7月23日、大和町ふるさと歴史講座の講師の宮崎克則氏データーより載せています。講義は「古地図の中の福岡・博多」でした。ありがとうございました。

by kusennjyu | 2011-07-28 21:47 | みやま市の歴史
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