2011長島地区の文化財を訪ねて・千寿の楽しい歴史

長島地区の文化財を訪ねて
平成23年8月3日午後
みなみ地元学実行委員会会員と私の7名が参加して回りました。(4人欠席)
場所 福岡県みやま市瀬高町太神(おおが)内の長島(おさじま)・潟・古島地区などです。
地図の瀬高町の南端に位置し、南側は飯江川を挟んで高田町岩津です。長島地区内を大根川が流れていますが、境界線東側は高田町海津です。
長島地区文化財案内図

筑後国山門郡太神村(明治時代初期の地図)
長島地区は地図の真中に細くなった下側の地域です。地図の真中に入るのが筑後国山門郡海津村です。

長島東の地図(ゼンリン地図より)

上の3枚の地図を参考にすると次回からの説明が判り易いと思いますので参考にして下さい。
太神地区のお宮について
古文書(和名妙)にみる太神という地名は於保美和(おほみわ)ともいい、すべての神様が鎮座まします所で、筑後国政庁が天慶(てんぎょう)7(944)年に作らせた我が国最古の天慶神名帳(じんみょうちょう)が高良神社に残っている。
古代山門郡については「正六位上」に位置づけられた26年前の神々の名が列記されている。
太神区内に15社あり、昔は高田町海津も太神のうちだったと思われので、それを加えると30社以上もありそうである。
我が大和の国日本の神々の発祥の地はこの瀬高町の太神であるという説を唱える考古学者さえいる。
※ みやま市合併前の三池郡高田町大字海津は昭和34年に山門郡山川村大字海津と大字竹飯から分かれて編入されました。
海女族物部一族の神
西暦944年頃の天慶神名帳(高良神名帳)の山門郡内の26神名が記されていて、そのうちの12が長島にあり、弥生時代からの渡来人の集落の可能性がある。
各社の祭神はほとんどが海女であり海女族の流れをくむ神々であることは、大陸との航海技術を持つ部族、さらには戦いに必要な鉄器技術を持つ部族の本拠地が古来この地にあって、天智天皇の行事があることから水軍の祖、兵力の旗頭であった物部一族の本拠地がここにあったが故に、その点を話し合いに見えたと推定される。
長島遷宮祭のこと
太神長島(おさじま)の祭礼は20年に一度、御遷宮祭として執り行われる。
祭りの行列は、大太鼓打ち30名、鐘打ち6名で、(下の)ハヤシと唄われ、文句は
「ソンジャサ(太鼓)-ホリキリバヤシ(鐘)-カマンガク(太鼓)-カンニヨムドン(鐘)-トリガトツサン(太鼓)-ドンデンガイドデンガイ(鐘)-トコテンニヤ(太鼓)-ヤマンガク(鐘)」
で行進して回り、各小路の家前で4組踊る。
唄の文句の意味は古老でも判らず、興味ある唄である。
祭は現在休止されているが詳細記録が残されている。
南校区まちづくり協議会資料(故河村子路作著)より
次回からは、太神内の長島・潟・古島などを訪ねて写真を撮りましたので、何回かに分けて紹介します。