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千寿の楽しい歴史
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2011長島地区の文化財を訪ねて6・千寿の楽しい歴史
長島地区の文化財を訪ねて6    

平成23年8月3日   参加者   7名


釣殿宮

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拝殿

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本殿

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長島の釣殿宮

大根川が飯江川に合流する地点に、釣殿宮(つってんさん)という、神社がある。
この地点を釣り殿二又といい、大正初期までは船が通っていた。

釣殿宮は往年、腹赤宮(はらあかぐう)と称し祭神は天智天皇とも景行天皇とも言われている。

釣殿宮財産目録書(江良神官所属)の冒頭には、祭神は事代主命と美穂津姫命と記載してある。事代主命とは「えびす神」である。

社記には「景行天皇西遊してこの地に至る。土人腹赤の魚を献ず。後年祠を建て天皇を祀る。腹赤社と称す」と書かれており、南筑明覧には「天智天皇の心霊を祀る」とあり、源平盛衰記には「天皇未だ位に即きた給はざる時、卜者の曰く『君は乞食の相(そう)おわします』と奏しければ『我は位に即きて食すべきに非ず。そなえる相は又のがれがたきか』と申されて、即位以前にその相を果さんと西国修行に出で給ふ。

筑後の国、江の崎より小佐島(長島)という所を通らせた給ひけるに、労れにのぞみ給いけれども供御(くご・御食事)まいらするものなし。

網を引く海人に魚を召され、御労を休め給う。我位に即きなば必ず供御にし、供えてくれよと思し召され、その名を御尋ねありければ、里人は『はらか』と申したり、帝位に即き給ひて天智天皇と申し奉る。思し召し出づ。里人、『はらか』を奉り帝の供御に備えたり。それより此の魚は祝いのためしに供える事となれり。」とある。

また「御西遊の折、江の崎より舟を浮かべて此処に至り御舟を着け給ふ此の所を『釣殿』と唱へ、また社の西に御旗を立て給ふ所を『御旗の森(杜)』と称し、御鉾を納め給ひし所を『鉾納森(杜)』(現在のひろたけさん)と云ふ。

往古は天皇の御親翰一軸が神殿に納めしありしも中古盗賊之を盗り、今は薩州鹿児島家の家宝となる。」と記されている。

同社には、豊魚を祈願し、これを象徴化したと見られる「日月と釣り針」をえがき「次、宮元土佐の守文明十九年(一四八七)之とし、八月吉日」と書かれた旗が存在している。

10月19日の祭礼には、2梳の大旗の他に前記の小旗を押し立てて宇津、古島を除く長島全域でのお祭である。

南校区まちづくり協議会資料の河村子路作記より

民話 釣殿宮と腹赤の魚   クリックしてみて下さい。

西の宮

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にしの宮

にしの宮は、釣殿宮境内にあり、御神体は石で社殿は田中の神と同じく最も素朴な竹の柱に藁の片屋根で、毎年田中の神と共にこうやの宮氏子によって葺き替えられ、祭礼は旧暦9月19日大神宮、釣殿宮と同時に行われる。現在は瓦葺にして以前のような素朴な社殿はなくなった。

にしの宮の祭神は物部阿志賀野神であろう。一説には大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀ったとも言われ、こうやの宮の氏子の因幡姓の多いことを考えると、出雲地方に関係があると思われるが定かではない。

他にも、野田の天神さん(金鉈の神と思われる)、出店、日出(ひいで)にも関係した社があり、物部一族発祥の地に深くかかわっているのではなかろうか。

南校区まちづくり協議会資料の田中広次記より

2011長島地区の文化財を訪ねて6・千寿の楽しい歴史_a0137997_2514498.jpg飯江川右岸で安手橋と釣殿宮の中間の土手の下に地蔵さんを祀っています。

その敷地内の東側に住宅があり、この地は日出(ひいで)の南東端にあたります。

住宅と土手の間がやぶになっていますが、やぶの中に日出天神が祀ってあるようだと、養福寺跡の説明をされた方が年寄りから聞いたことがあるようですと言われました。

珍樹(魚の木)  どのように見えますか。

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「餌を求めて大口を開け」ていたり、「四方八方を動き回り、やっと餌を口に入れた」ように見えます。(説明板より

次回は潟と古島に入り紹介します。

by kusennjyu | 2011-08-15 02:39 | みなみ地元学
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