坂本繁二郎生家を訪ねる 平成23年9月15日午後 久留米市京町
新幹線側の久留米駅入口を過ぎて、すぐに左折してパショナルの駐車場(1時間100円)で駐車できます。
駐車場の横から入口があり,生家の裏の庭を通って玄関に回ります。
JR久留米駅で下りたら、新幹線側(西側)に出て、徒歩で5分くらいの所です。
平日は見学者が少ないようです。午前中1人来られたが「入場料は200円です。」と答えたら入らず帰られたそうです。
午後から私1人で案内の方がついて詳しく説明してくれました。実家は柳川市で大川の吉原邸とは親戚だと言われました。
生家看板
生家(南側)
生家模型
生家は木造で、藁葺(わらふき)建物と瓦葺(かわらふき)建物が結合した一部二階建ての武家屋敷の特徴的な構造を残しています。
左~座敷 右~屋根裏(見学者に見えるように天井を開けてあります)

座敷は7畳(1畳は仏間)と床の間になり、次の間が8畳です。8畳2間にならないように工夫がなされています。
壁は元の色に近くなるように、元の土と八女市から取り寄せた土を混ぜて、再現されています。
柱は虫食いがあるところを剥いでから、その上に上手に元のように着色して張ってあり、説明を聞かないと判らないで見過ごしてしまうほどです。良く見ると接着剤で張った所があります。
左~絵の道具とフランスで購入した皿(筆が乗った方・手前の皿は伊万里焼の皿です)がパレット代わりに使われています)
右~簪(かんざし)・櫛など。

節分(生家に残された襖絵) 繁という大きな字があり、繁二郎が描いただろうと言われています。
豆を蒔いて鬼を外(庭の方向)へ追い出す絵のようです。
襖絵の中の1枚(この絵は戊辰戦争ではないだろうか。)
次の間の北側に4畳間があり、両親の部屋ではなかっただろうか。次の間と4畳間の境に、この襖絵3枚があったことが判りました。
襖絵は戦争の絵2枚と風景画1枚(松の木が一本と横に足踏み水車を踏んで水を入れる農作業をしているようです。)で当時の生々しい描写から父親が描いたのだろうと言われています。
また、その絵には太い線が数本描かれていますが、青木繁が茶室に3ケ月ほど居候したというエピソードもあり、その時に元画の上から描いたとも言われています。
次に続きます。
みやまいいまち会 下の詳しい内容が判ります。
今、日本の未来を強くするために必要なものを表す言葉で「絆」が一番でした。
私の目標 今一番大事なことは絆を育てること。