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民話 紫君泉(しくんせん)・千寿の楽しい歴史
民話 紫君泉(しくんせん)

竹飯にきれいな水の湧き出る紫君泉という泉があります。周りを石垣で囲まれ、こじんまりした池だが、今でも清水がコンコンと湧き出ています。

「紫君泉」、この得も言われぬゆかしい名を持つ天然の湧き水は、いつの時代から、この地にあるのか、はっきり分かりません。おそらく、数千年も昔からあったに違いありません。

この泉は、いかなる大干害にも枯れることなく、また、どんな大雨にも濁るということはありません。真夏の土用にも、スビクように冷たく、真冬の寒中にも、かえって暖かく感じるほど、1年中、温度に差がありません。

近くの百姓たちは、夏は飲み水として農作業に疲れた喉を潤(うる)おし、冬は
お茶の湯として、炊事用としても欠かせぬ存在でした。

昔、柳河の殿様がこの水を愛用し、夏の盛りに樽(たる)に詰め、周りを綿やわらで包んで、直射日光を避けながら、数々の人夫が交代で担ぎ、早駕籠(はやかご)並みにリレーして、御屋敷まで運び、殿様が飲まれるときは、まだ冷たくて、大変喜んで召し上がられたそうです。

千古の謎(なぞ)とロマンを秘めながら、コンコンと湧き出る、この優雅な名の「紫君泉」は、今後とも変わることなく、静かな営みを繰り返すことでしょう。

  「瀬高むかしむかし」松尾静雄著より。

米今もコンコンと出ていますという内容のところが、水が出なくなり民話の話です。
 現在は、九州自動車道工事と九州新幹線工事の時、水の流れが変わってしまったのか、水が出なくなっています。

扇状地から平野に出る場所で、山川の御牧山からの伏流水ですが、工事のときに伏流水が枯れたか、流れが変わったのかで、出なくなったものと思います。

矢部川の地名の旅(鶴記一郎著) p43飯江川より。

山川町の中心地の野町から竹飯一帯は飯江川が搬出した土砂によって形成された扇状地で肥沃な畑となっています。その扇状地は海水によって侵蝕され急崖をなして平野に没しています。その侵蝕面に此君泉(シュクンセン)などの湧出する井戸があります。此君泉は大字竹飯字竹井にあり往昔は竹泉と呼んでいたようで、竹井、竹飯などの地名もこの泉に由来するものです。この泉はいかなる旱魃にも乾いたことはなく、また大雨に際して溢れることがなかったそうです。というのは広い扇状地の地下水が徐々に流れ出る井戸だからです。

旧柳川藩志によれば、「往時八幡山松花堂猩々翁此の地に来り、この水を以って硯滴となして書画を作って其の清潔を称賛して曰く、此れ石清水の水質と同じと。鑑通公之を此君泉(タケイズミ)と命名した・・・・。」とあります。ところが、現在では泉には粘土や落ち葉が流れ込み利用する人もないのでしょうか。案内板の文字は消えて判読できません。

旧柳川藩志  P541の名所(山門郡分)  此君泉

山川村大字竹飯字竹井にあり。同所満願寺の西方幽邃(ゆうすい)の地に冷泉湧き出す。池水6間の4間にて面積凡そ24坪、元と竹泉と云う。この地竹井の称もこ れより出る。干ばつに渇すことなく、大雨に溢れることなし。

伝に言う、「往時八幡山松花堂猩々翁此の地に来り、この水を以って硯滴となして書画を作って其の清潔を称賛して曰く、此れ石清水の水質と同じと。鑑通公之を此君泉(タケイズミ)と命名し、日本諸名家にこの詩を求む。」

これを此君泉詩集と云う。これより、この名、益々世に顕れる。泉の中央に碑を立つ。此君泉の3文字を書く。書家関淇寧の書する所たり。

題此君泉而奉応中大夫柳河候之需  

国子祭酒  林 信言

雅景清流称古今、泉声自是似鳴琴、尚思丘壑将添色、応洗筬人名利心 

寄題此君井  深津 友常

遠聞西海竹林辺、甘井潺渓正可燐、愧我短才無俊句、徒令詞賦負清泉

此君泉   橋地蒙庵

竹廻水流秀、水出竹間清、艶々抱珠媚、澄々若鑑盈。

金山泉可此、淇澳句堪続、非是丹沙井、飲数人寿栄。

現在は、保育園の駐車場になっています。








みやまいいまち会   下の詳しい内容が判ります。

今、日本の未来を強くするために必要なものを表す言葉で「絆」が一番でした。

私の目標   今一番大事なことは絆を育てること。
by kusennjyu | 2011-09-27 02:55 | みやま市の民話と伝説
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