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千寿の楽しい歴史
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2011有明海の干拓遺跡(大和町)を訪ねて・千寿の楽しい歴史
有明海の干拓遺跡(大和町)を訪ねて   

平成23年9月27日  

三池史談会9月例会にて


慶長本土居

慶長5(1600)年の関ヶ原の軍功により筑後一国の領主となった田中吉政が造らせた干拓堤防。

その総延長は筑後川河口の新田村から三池郡の隈川河口(渡瀬附近)まで32kmにおよぶ。これを「本土居」と称し、このラインの外側に開拓された土地を「新地(新田)」、内側の土地を「本地(本田)」として税制上の取り扱いに差を設けた。

現在、本土居跡はほとんど道路になっており、土居の形跡を留める所は残存しないが、大和町皿垣の江越八幡南側の沿岸道路脇に「慶長本土居跡」とする小公園がつくられている。

江越八幡前の石灯籠

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上の左写真の有明沿岸道路が出来る前は、江越灯台付近に慶長本土居跡が有ったが、工事のときに保存されなかったのが残念である。

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かつて皿垣の漁師たちが、皿垣の船着場の目標にしていたと云われる常夜灯(灯台)。遠くから見えるように貴台を高くしてある。

もとは本土居上に立っていたが、沿岸道路建設のため現在地に引っ越した。造った石工は三池檪野の猿渡時次郎と常八の兄弟である。明治12年8月の紀年銘がある。

江越八幡宮は鷹尾八幡宮の分霊社。

左~帯状に建つ堤防集落    右~弁天島の石垣堤防

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永田正登と永田開

旧三井郡山川村(現久留米市山川町)出身の永田正登(県会議員)が、大正2年から同12年にかけて開発した私設干拓。潮止め堤防の長さ2.34km、総面積は58.4ha。完成の翌年9月の台風・高潮により堤防が決壊したが、これに屈せず、翌14年4月には修築工事を完成させた。

現地に立つ「国土開発記念碑」は、昭和26年に永田開自治農創設組合が建てたもので、撰文は子息で農学博士の永田正直氏が書いたものである。

堤防工法(オランダ工法)  

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谷垣長蔵と谷垣開

永田開の干拓工事に主任として参賀していた谷垣長蔵が、大正11年11月から昭和4年12月まで足掛け8年の歳月を要して完成させた干拓地である。

やはり完成の翌年、暴風雨により潮止め堤防が1kmにわたって決壊するというダメージを受けたが、翌年には復旧工事を終え、昭和8年8月に竣工した。堤防の総延長は3.4km、総面積は147.6haである。谷垣は潮止め堤防に円管工法という独特の施行法を開発し、注目を集めた。

谷垣は兵庫県の出身で、若い頃八女郡星野村の筑後鉱山に勤めていたが、閉山のため独立して水力発電会社を立ち上げ、八女郡内に6,000灯の電灯を普及させている。しかし、やがて久留米の高松峯吉から干拓事業の話が持ちかけられ、有明海の広大な干潟を見て干拓事業に将来の夢を託し、永田開の干拓工事に参賀するようになったという。

大和町から見た高田町(旧有明炭坑櫓跡)及び大牟田市(黒崎山から南側)

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次は日本モーターボート競走会の「やまと学校」を紹介します。







みやまいいまち会   下の詳しい内容が判ります。

今、日本の未来を強くするために必要なものを表す言葉で「絆」が一番でした。

私の目標   今一番大事なことは絆を育てること。

by kusennjyu | 2011-10-01 04:33 | 柳川・大牟田・大川の歴史散策
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