寶満神社奉納能楽(新開能)萩大名(狂言) 10月17日 寶満神社能舞台にて
萩大名(狂言) 狂言は能と能の間に行われます。
長らく在京した田舎大名が帰国の前に、太郎冠者の案内で、ある庭園に萩の花見に出かける。
当座に和歌を所望された場合を予想して、太郎冠者が聞覚えの一首
「七重八重九重とこそ思ひしに十重咲き出ずる萩の花かな」っを教えておこうとするが、大名には覚えられない。
そこで、太郎冠者がその扇を少しずつ開いて、その骨の数で「七重八重・・・・・」、萩は《脛(はぎ)》を指すなど、一句一句をなっぞらえておき、その場でひそかに合図を送ることに決めておく。
いざ庭園につくと、大名は、まず庭の景観をほめるにも失言を重ね、かんじんの歌もしどろもどろで、あくれた太郎冠者は途中で退散してしまう。
一人残された大名は、歌を最後まで詠み終えよと庭園の主人に催促され、苦しまぎれに
萩の花かな」というところを「太郎冠者の向こう脛(すね)」といってしまい恥をかく。




廣田七之助の足跡
明治時代の狂言の指導者は狂言大蔵流の廣田七之助氏が南新開、同じく大蔵流の塩山喜平氏が北新開を担当する。
明治30(1897)年頃より指導にあたった廣田氏は、その頃大牟田に居住、三池鉱山で仕事していた。
新開能の指導者廣田七之助の墓は現在も大牟田市にあります。5月8日に玄孫(やしゃご・5代目)さんとお墓参りをして来ました。
廣田七之助の足跡 詳しく書いています。見て下さい。
玄孫さんが、今日は来られて観能される予定でしたが、仕事が入り来られなくなりました。
朝日新聞の新開能報道 初めての観能記事ですが、見事にまとめられています。
みやまいいまち会 下の詳しい内容が判ります。
今、日本の未来を強くするために必要なものを表す言葉で「絆」が一番でした。
私の目標 今一番大事なことは絆 を育てること。