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千寿の楽しい歴史
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八女津媛神社と浮立・千寿の楽しい歴史
八女津媛神社と浮立   10月24日に訪問   栗原悠次の案内

左~八女津媛神社   右~矢部村八女津媛浮立館

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八女津媛神社の歴史

場所   福岡県八女郡矢部村大字北矢部字神窟(かみのいわや)   合併前の住所

社地   洞窟幅   30m×高さ7.6m×奥行9.0mの前に47坪の境内がある。

社殿   神殿・拝殿  一対の日吉造りに近く、山の地形を利用した土盛り(1.4m高 の7段積み石段・石垣積み)上に建立されている。

歴史

創建は養老3(719)年3月と伝えられている。神社の集落を神窟(かみのいわや)というが、明治以前は仏岩屋といった。浄土真宗善正寺の過去帳に、宝暦8(1758)年に仏岩屋とあるが、嘉永2(1849)年には、神岩屋と出てくる。

八女津媛神社は、六所権現とも岩屋権現ともいい、権現信仰の神仏混淆により仏の岩屋か岩屋となり、明治になって神窟となった。

天正10(1852)年源親直が再興し、明治6(1873)年3月14日、郷社に列せられている。

昭和63(1988)年老朽化が激しいうえに、上から岩石が崩れ落ち、社殿が倒壊したので、地元民・有志の力で再建された。

八女津媛神社の”浮立”

八女津媛神社の創建は、養老3(719)年と伝えられます。

その昔から、春に、米、麦、菜、きび、豆の五穀豊穣を祈願し、実りの秋に、御願成就のお礼として奉納するのが”風立"です。

祭りは昔は七戸の神課によってとりしきられ、笛方、真法師、太鼓打ち、小太鼓打ち、鉦打、むらし、猿面、御幣(ごへい)持ちなどのほか、思い思いに装った囃子方によつて舞いが演じられてきました。

「ひよこばやし」、「まくり」、「わたし」などの舞い、それぞれに妙趣をたたえています。

この”風立”に主役として登場の真法師の法衣その装い、「「東西東西、御鎮まり候え」と名乗りでる所作など、古くから伝承された山間生活、その祖先の清澄な息吹きを汲みとることができます。

八女津媛”浮立”公開の思い出

第1回(昭和26年1月18日)

昭和3年11月20日以来、戦争で途絶えていた。この年より、地元有志の努力による復興する。

奉納場所は境内、鳥居前、石川内、農協、旧矢部小学校校庭。

歴代真法師   栗原照幸

第2回(昭和38年12月14日)

浮立の衣装づくりが行われた。

奉納場所は境内、鳥居前、石川内、農協、旧矢部小学校校庭、老松天満宮。

歴代真法師   栗原乙郎

昭和39年5月7日   福岡県民俗文化財指定

八女津媛神社と浮立・千寿の楽しい歴史_a0137997_7222142.jpg



第3回(昭和41年3月20日)

奉納場所は境内   歴代真法師   栗原乙郎

昭和42年    明治百年祭  浴衣百着つくる。

平成11年度   地域伝統芸術等保存事業 記録映画を製作する。

現在は5年に1回行われ平成21年度に行われました。


栗原悠次さんは先日NHKテレビで矢部のハート岩などの説明で出ていました。

栗原悠次は栗原製茶の若手経営者です。   テレビや本で紹介されています。

上の2つはリンクしています。  どうぞ見て下さい。

次回に続きます。 






みやまいいまち会   下の詳しい内容が判ります。

今、日本の未来を強くするために必要なものを表す言葉で「絆」が一番でした。

私の目標   今一番大事なことは絆 を育てること。
by kusennjyu | 2011-10-27 07:26 | 筑後地方の観光と魅力
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