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千寿の楽しい歴史
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2011筑後軌道と草野線・千寿の楽しい歴史
筑後軌道と草野線    

平成23年10月30日に草野歴史資料館を見学する。


その時に「なつかしの風景 筑後の軌道」 平成23年3月12日~5月15日のパンフレットと同じ題目の草野歴史資料館だより(第32号)をいただきました。

この資料により、興味を持ち、少しだけ調べてあげました。消化不良みたいですので、皆さんの応援をお願いします。

筑後軌道と草野線の歴史

鹿児島本線と日田の間を結ぶために敷設された馬車鉄道の筑後馬車鉄道を発祥としている。

当初は県道上に馬車軌道を敷設しただけの簡素なものだったが、後に石油発動車(焼玉エンジン動力の小型石油機関車、通称「駒吉機関車」)を使用した軽便鉄道に変わる。

1911年の時点で同社は、この小型機関車を47両も保有するようになっており、鉄道の内燃動力化の先駆例と言えるが、わずか10馬力ほどの低出力で客車1両を牽引できるに過ぎず、騒音が激しい上に故障も多く、使いにくい車両であったという。そのため小型の蒸気機関車に置き換えられる。

その後蒸気機関車によるばい煙その他の理由により、大正時代には、起点となる久留米側の一部区間が電化され、路面電車になっている。そのため久留米における軌道が敷かれていた道の呼称も、「馬鉄通り」→「電車通り」と変化した。

明治32(1899)年5月3日
発起人:林田守隆・鳥越貞敏(浮羽郡)千原藤一郎(日田町)の3名は、久留米~浮羽郡山春村(うきは市)荒瀬間の馬車鉄道の敷設計画を立てた。吉井馬車鉄道会社を設立。久留米~荒瀬間の更生県道路に軌道敷設されることになった。

草野線の開通は大正2(1913)年10月5日で、廃止が昭和3(1928)年12月23日。 その間15年の年月が経ている。

筑後軌道図(久留米の豆津~日田の豆田間)

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筑後軌道図(久留米市内)

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写真(なつかしの風景 筑後の軌道」の草野歴史資料館だより(第32号)より)。

吉井馬車鉄道の鉄道馬車(明治36~38年)

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蒸気機関車(左~豆田駅・右~長谷)

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電車(左~荘島町・右~千本杉)

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筑後軌道草野線の眺望  鹿毛亀之助日記(昭和9年ごろ)を見て下さい。

詳しい事は沢山の資料に書いてありますが、写真がありません。

久留米軌道についての記憶を辿り、何かを思い出してみませんか。

よろしく、ご支援をお願いします。

下に「佐賀線廃線跡調査」をあげています。興味がある方は見て下さい。











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2011筑後軌道と草野線・千寿の楽しい歴史_a0137997_4576100.jpg 佐賀線廃線跡調査   興味がある方は地図と詳しい内容が判りますよ。











by kusennjyu | 2011-11-08 04:28 | 筑後地方の観光と魅力
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