雛の里・八女ぼんぼりまつり 2月26日撮影
雛人形のふるさと八女 人形たちは福島白壁の町並みに
江戸、明治、大正、昭和の時代を 生き続けてきました。
横町町家交流館


箱びな


福島の家並みと雛人形


旧木下家庭と山本健吉・石橋秀野句碑

句碑
こぶし咲く昨日の今日となりしかな 山本健吉
句碑
蝉時雨児は擔送車に追いつけず 石橋秀野
初代木下市右門は、元禄5(1692)年没とあり、木下和夫氏は13代となる。
木下家は屋号を『堺屋』と称し、代々酒造業で栄えていた。
離れを建設したのは棟札により、11代木下治郎氏と判明している。貴賓客の応接や宿泊にあてられた。
木下家には明治の軍人・乃木希典大将も訪れている。
八女伝統工芸館の雛飾り

福島のまちづくり
福島町は正保3(1646)年にはすでに古文献に名が出ており、町づくりがされていたらしい。
貞享5(1688)年の記録によれば福島町の人数1855・軒数314とある。
この頃には久留米藩の下番所が置かれ、2・6・9日の市が開かれており八女地方の農産物や特産品などが売買され賑わっていた。
福島町には酒造りも盛んであり、天保7(1836)年の記録によると酒造業が17軒あったことが知られる。
紺屋町から矢原町通りに「蛭子屋、肥後屋、麹屋、橋口屋、大津屋、山形屋、油屋、三木屋、鶴屋・・・・・」の屋号をもった酒造りの家が建ち並んでいた。
明治時代以降、福島町は八女地方の政治・文化の中心として栄えていた。
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