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千寿の楽しい歴史
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南っ祭に地元学からの展示・千寿の楽しい歴史
南っ祭に地元学からの展示   2月25日・26日   みやま市瀬高町南校区

堀切・玉垂神社・鳥居・大楠

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玉垂神社は久留米市御井(みい)町の高良大社(昔は高良玉垂神社)の分社で高良玉垂命(神功皇后の家臣武内宿弥といわれている)を主神として春日大神、住吉大神を祀る。

鳥居は古代肥前型鳥居です。

堀切・八歳宮

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八歳島は大陸から渡来人の船着き場で、ここに滞留、生活を始めた地に縄を張り、榊を立てて神の降臨を願った自然崇拝の宮であったろう。

矢部川の合流点から飯江川を約200m上流の堤防傍、河野栄宅に祀られ(宅の庭の内)、氏子七戸(現在は一戸減り六戸)で毎年9月12日に行っている。

地元では八歳島を「はっせじま」、八歳宮を「はっせさん」と呼んでいます。

当時は三反五畝(約1千坪)の神田があったそうですが、飯江川改修工事があり移転され、現在の祠になっています。

浜田・六体神

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瀬高町大字浜田字浜田南の広い竹やぶの西のかたすみに、高さ30cm程の小さな人形のような姿をした石の像3つと、同じ高さの墓3つが高さ3m程の「六体神の碑」と掘られた石碑(井戸の跡)を囲んで建っています。

それを「ろくてさん」と言います。「ろくてさん」の所から3m程前方、左の小さな木の根元に同じ大きさの一体があります。これを「ろくてさん達の乳母(うば)」と言われています。

浜田南の28戸の人々は、9月15日を「墳(つか)祭り」と言って、お坊さんを呼んで塩5kg、米2kg、塩鯖2匹、ごぼう、人参、大根など根ものの野菜をふたしな供えて「ろくてさん」達の霊を慰めます。

下小川・八幡宮風流

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後一条天皇の治安3(1023)年、太神郷小河庄は宇佐の神領となる。(宇佐大鏡)

順徳天皇、承久2(1220)年、宇佐の分身を祀る。(宇佐神宮の分身を小川に遷宮する。)

この宇佐からの遷宮の行列を氏子の祭礼の行事とし、さらに徳川幕府時代の参勤交代の大名行列のやり方をを取り入れて、今日の下小川八幡宮祭礼の行事になったと推察される。

長島鬼木・こうやの宮  みやま市指定有形民族文化財

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5つの御神体が3個の御厨子に分けられて祀られている。

向かって右の御厨子には、こうやの宮の当主であろうか衣服の胸に五七の桐の紋を付けた高貴な公家様、左の御厨子には、皿を頭に置いたカッパ像と、その右に白髪の老人、中央の御厨子には、鏡を手にした女神とその右に異国風の武士「七支刀を持つ神像」が並んでいる。

七支刀とは、現在奈良県天理市にある、石上(いそのかみ)神宮に国宝として保存されている鉄鉾のことである。全長75cm、刀身の左右に互い違いに3本づつ枝刃が出て、刀身の先端を加えて七支刀といわれている。その刀身の表裏には60余字の銘文が金象嵌(きんぞうがん)されている。

その銘文から泰和4(369)年に百済の太子貴須から倭軍派兵によって高句麗を討った御礼に倭国王子に献上した刀である。

「日本書記」に、神功皇后が朝鮮百済から献上されたと記す「七枝刀(ななつさやのたち)」にあたると考えられている。

          上記文章は、会員でまとめた資料以外のものです。







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by kusennjyu | 2012-03-03 20:14 | みなみ地元学
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