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千寿の楽しい歴史
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2012矢部往還(上庄宿~広瀬)を行く・千寿の楽しい歴史
矢部往還( 瀬高町上庄宿~瀬高町広瀬)を行く  

中山の「二里石」

中山村は、柳川藩領本郷組に属し、村高は、「元禄国絵図」333石余、「天保郷帳」397石余、「旧高旧領」1080石余。
明治5(1872)年の反別は77町余。中山村には矢部往還が通り、東部に「二里石」の道標がありました。

稲荷神社の境内に移転し、整備された「二里石」の説明板には「田中吉政は、筑後全域の道路に柳川辻町の札の辻の標石(現在の柳川市辻町交差点)を基点とする一里ごとの標識を置きました。標識として瀬高道、三池道などの筑後南部の道路には標石(一里石)が建てられ、田中道(久留米往還)など筑後北部には塚(一里塚)が建てられました」とあります。しかし、これは間違っているようです。

ところで、筑後藩(柳川藩)では、慶長17(1612)年に、2代目田中忠政が領内の主な道路に、柳川城下の札の辻(現、柳川市辻町)を基点に一里塚を設置したとも伝えられています。

しかし、寛永9(1632)年の「有馬内記他三名宛有馬豊氏書状写」(『福岡県史』近世資料編久留米藩初期上所収)ななかに「一里に付きて駄賃いか程、夫賃何程と兼て定め置かれるべく候。俄一里塚築き候儀成すべからず候間、一里・・・隠れなく知れ候様に何にても木を植え候か、しからずばいか様にもしるし仕り置くべく候」と散見されます。

慶長17(1612)年の田中忠政による一里塚設置の可否はともかく、忠政改易後、元和6(1620)12月8日に有馬豊氏が久留米に入封(にゅうほう)しますが、寛永9(1632)年時点では、まだ一里塚も一里ごとの人馬駄賃も整えられていないようです。一里塚の整備は「武家諸法度」で参勤交代制が定められる寛永12(1635)年から完成する同19(1642)年頃かもしれません。

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左~移転前の「二里石」が建っていた場所と右~本郷の地蔵堂

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本郷

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上の地図は縮尺が違うものを貼っているので、北の沖端川などがずれています。

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本郷の渡しを渡った松原と堰(矢部川と沖端川に分流)

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「本郷風景図」は柳川藩の御用絵師、梅沢晴峩が描いた矢部川の風景。(図説・南筑後の歴史より)   

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長田

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長田の「三里石」

史跡「長田の三里石」の説明板に「江戸時代初期の慶長9(1604)頃に筑後領主田中吉政は柳川城下前の札の辻(現在、柳川市辻町)を基点として、黒木・矢部に至る矢部往還に一里(4km)ごとに石柱を設置させました。」とあります。しかし、これは封以後、寛永10年代(1624~44)に、柳川藩領内に「一里石」が設置されたものと思われます。

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唐尾・広瀬を行く

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地図は明治6年の地図を張り合わせて矢部街道の群境までを作る。すぐに上妻郡の山下宿に着く。










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by kusennjyu | 2012-04-11 21:57 | 矢部往還
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