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千寿の楽しい歴史
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2012新開能の概要・千寿の楽しい歴史
新開能の概要

平成23年10月17日の新開能

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平成23年10月17日の狂言

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福岡県みやま市高田町の宝満神社に奉納されている能楽は、昭和29(1954)年に福岡県の民俗史料として指定され、昭和51(1976)年、文化財法の改正により、あらためて面・衣装とともに無形民俗文化財として指定を受けました。

「農民能」として珍しく、民俗芸能としての価値があります。高田町の南北両新開地区の人々が長く伝えてきた素人能として、九州では貴重な民俗芸能の一つです。

農村や山村に伝承されている能楽は、日本では20余地域があります。その起源はいずれも伝説的なものが多く、隠棲してきた都の公卿や武将、あるいは能役者が村人に教え、それを受け継いだ村人たちが土地の神社に奉納してきたというものが多いです。それに対し新開能は、柳川藩の宝満神社奉納能に起源を持ち、専門の能楽師が務めていたものが、やがて農民の手へと移っていきました。

宝満神社は『南筑明覧』や『旧柳川藩史』によると、古代に筑前竈門神社を勧請(神仏の分霊を他の地にまつること)したもので、中世にはすでに現在地に祀られており、一時荒廃していたものを立花宗茂が再興したことを記します。

とくに「寛永17年11月9日祭礼に猿楽能あり、その後例をなし、美麗これを勤める。君公の代参社役これを勤める」の記述は、宝満神社の猿楽能が奉納されたことを記す最初の史料です。

すなわち寛永17(1640)年11月9日に、藩主代参をはじめ寺社奉行、大庄屋、代官等の居並ぶなか、お抱え能楽師美麗が能を神前に奉納し、これ以後毎年の奉納能が定例化したというのです。美麗とは、平安時代末期より三瀦郡玉垂宮大善寺に奉仕していた田楽師美麗のことです。

明治19(1886)年から20年代にかけて奉納能は新開の人々の手に委ねられて行くことになりますが、面や衣装をはじめ能の諸道具を立花家から拝借しなければならず、併せて種々の指導助言も仰がなければならなかったので、その移行は徐々にであったと思われます。

今日のように、新開地区の自主的な宝満神社奉納能が行われはじめたのは明治35(1902)年前後のことのように思われます。舞、謡、囃子それぞれに長老、師範格のもとに稽古に励み、ときには柳川やさらに遠方に指導者を求め精進しました。

そして昭和になると、新開能保存会が中心となり、その技と心とが確かに新開の人々の間に受け継がれ、昭和23(1948)年5月には立花家から能狂言の調度一式530点を譲り受け、文字どおり新開独自での能の奉納がなされるようになったのです。

新開能の楽しみ方    面・装束・諸道具など楽しみ方をあげています。





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by kusennjyu | 2012-09-29 20:47 | みやま市の文化財
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