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千寿の楽しい歴史
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山本作兵衛コレクション展を訪ねて5・千寿の楽しい歴史
山本作兵衛コレクション展を訪ねて5  ヤマの訪問者・世相  平成24年1月11日~平成24年2月12日

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奉公炭の登場

昭和18年6月24日より奉公炭の登場。入坑者は必ず1人1kg以上の石炭を持って昇坑することになった。(福岡鉱山監督省)指令。

国民精神総動員(内閣が昭和12年9月から行った政策・活動の一つで、国家のために自己を犠牲にして尽くす国民の精神(滅私奉公)を推進した運動)下、愛国心昂揚にはなるが、小ヤマには無理であった。

それは単丁切羽が多く、こぼれた炭がないから、拾うところがない。それでも手ブラ(持たず)にあがると、日本人ではないように思われるので(持ってあがる石炭を)探すのに一苦労。

炭坑夫はお手のものだが、他の坑夫や臨時入坑者は保安炭柱をウワメくる(盗掘)するやら、ズルイ者はマキタテ(捲立・捲御から片盤の方向に、一定の間隔をおいて掘進する主要坑道)にあり実函(石炭を積んだ単車)の塊炭を引抜いてあがる人もおった。

(戦時中のため)空腹地獄、食料不足の最中、重労働の果て疲れた身に、あがり土産は、日本精神涵養のためとはいえ無駄骨であり、矛盾の極であった。

奉公炭は(奉公炭の販売益で)軍用飛行機になる。炭坑報告号、ヤマの愛国号の献納が目的であった。
坑口近くに事務所があり、その前に1トン入りぐらいの底なし函あり。この先山はワザワザ大塊アラグレ(形の整わない荒削りの大きな塊の石炭)を作って担いであがっておる、こんな男もいた。愛国心ナンバーワン。銃後の責任を果たすのは今じゃー。

菓子売り(ブンマワシ)

明治のヤマを訪れた商人、ブンマワシ。(美しい線の幅は8mmぐらいであるが、当りは少ない。当たらない時は(救済措置として、値段にして8厘(お金の単位。1銭=10厘)ぐらいの菓子が1ケもらえる。

石炭箱を2・3個置き、その上に1m角ぐらいの板を置き、時計の文字板のように線で印を付くた厚紙を広げ、線の末端に景品の菓子を並べて、それで準備完了。

(円の)中心に軽く回転する横棒を取り付け、棒の先端には木綿縫針をブラ下げてある。その針が線の上に止れば当りで、盛り菓子がもらえる仕組みであった。

菓子はカルメラに似た砂糖菓子で、色は赤、黄、白があり、餅の形をしていて、大小があった。1回1銭だが、当れば20銭、10銭、5銭に相当するものが飾ってあった。何回か空転して(勢いが)弱まり、最後に線ぎわになると、黒色のモットイ(元結・日本髪を結ぶ糸もしくは紐)、女の髪ゆいに使うコヨリ糸を使用。左手に30本ぐらい握り、右手に当り番号を記入した20本ぐらいを持って、大衆の眼前でオッチョイチョイと入れ込んで引かせる。これなれば当りクジ確実と、つい指で挟んでしまってマンマと1銭を損する。

これと同じような事は、いつの時代にもありますね。

       山本作兵衛 コレクション展記録集より。





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by kusennjyu | 2012-12-28 06:56 | 歴史学習会 |Topに戻る