岩田校区の寺院 1月31日写真撮影
今福 明願寺 真宗大谷派 第28代住職、古賀祐法師
今福にある。真宗の大谷派で、本尊は阿弥陀如来である。開基は定念で、はじめ天文11年(1542)同村中牟田に創立し、本山証如法王より本号を授与され、その後に現地へ移転した。
本堂、庫裡、鐘楼、山門がある。
鳳城山明願寺の由来
菊池軍の一出城であった瀬高本郷の城も落ちて城主古賀大膳太夫(後明願寺初代住職となられた人)は逃れられ、この明願寺の地において年に一度、周囲や敵に気付かれないように遺族と一緒に回向法要を営まれたそうであります。古賀大膳太夫殿を初代として、その後、後裔の方々が代々の住職になる。
今福 浄泉寺 真宗大谷派
本尊は阿弥陀如来である。当寺は、慶長3(1589)年6月の創立で僧正仙(徹門と号す)を以って開基とする。開基、俗名は尾張国の住古賀尾張介房光と称し、父六郎蔵人房信は豊太閤の知遇を受け、一子房光はその直参となった。
朝鮮の役起こるやこれに従い、立花宗茂公の旗に加わる。再度の戦役に偉功あり。たまたま名護屋城にて豊公の訃にあい、無常を感じ剃髪して徹門と号した。宗茂の懇請により柳川領内に留まる。山門郡古賀の庄(今福)に一宇を創造し、寺領3百石を配せられる。 後、東西に分派のこともあり、徹門は東派教如宗主に従う。
本堂、庫裡、鐘楼、山門がある。
今福 金仙寺(廃寺)
もと柳川長柄小路にあったものを、天和3(1683)年、今福に移した。金仙寺山の麓にあり、往年失火により焼失した。後に小堂を建立したが山門炭坑開坑のため再び現地に移った。
中央に釈迦牟尼仏の木像を安置する。坐像で高さ三尺五寸位。御本尊は出火の際、辛うじて搬出したものの、御顔面を初め全身黒焦となって判別できない。
堂は一間半四方で東向きである。石段の右側に観世音を安置し、石材に山浦理右衛門三十三番元禄八年十二月吉日と刻まれている。
この寺に鉄仙と云う住職があった。出身地は海津で、俗名を西原政章と称し絵師であった。今福八幡宮拝殿に節会行事の大相撲の絵馬がある。天下の力士50名を書き並べた豪華な大相撲の絵である。柳川藩出身の力士雲竜の名も見えている。
今福 真言宗大覚派 高田山昭福寺
原 清台(青台)寺 真宗大谷派
本尊は阿弥陀如来である。開基は智静、安承3(1774)年、一宇を創立し、天明5(1785)年4月24日、本山業如法主より本仏寺号を授与された。本堂、庫裡、鐘楼がある。
原 福王寺(福応寺)(廃寺)
原字中尾にあり。当時は十時摂津守の老臣、大神氏の菩提寺である。
黄檗宗に属し観世音菩薩を安置する。本堂は倒壊して現今一間半四方の小堂に変わっているが、65の御位牌あり付近の小丘上に墓地もある。
南方数歩の地に清冷する泉が湧いて四時滾滾(しじこんこん)としてつきない。福王寺は下内恵日寺の末寺で、附近に射場、馬場がある。

岩津 中山身語正宗 慈栄山 蓮妙寺
岩津高木 海福寺 黄檗宗派(廃寺)
本尊は釈迦牟尼仏である。寛文9(1669)年の開山で、開祖は鉄文である。本堂兼庫裡がある。
高木山海福寺は、倉永法雲寺、上楠田梵天山帝釈寺と同じく福厳寺の系統に属する。今では本尊の仏像はない。
庭園に「観音さん」として里人に崇敬される板碑が存する。板碑は如来の坐像がある。外に石蔵尊二基あり、一基には、天明三年五月吉日の銘がある。海福寺の住職は高木姓であるが、今は無住である。
田尻 天理教田尻分教会
昭和31年設立。初代会長」は松尾永斗、二代会長松尾二雄、三代会長松尾アキノ、四代会長松尾和信と続く。
田尻 流水寺(流泉寺)(廃寺)
柳河藩記録に寛政11(1799)年に建立なり。生国下野国字宇都宮戸田能登守内、小林砂右衛門が田尻に来村され、開基する。現在は場所が不明(森山宮附近に流泉寺山といわれる山がある)。
田尻 聖徳寺 二尊寺派観音堂
開基年月日等は不明である。昭和30年9月に観世音内陣が改築される。
慶長20(1615)年以前の寺
岩津に黙止庵、古賀に林江庵、田尻に法寿寺、聖徳寺、今福に寂静院があった。(高田町誌)
みやまいいまち会 クリックして見て下さい。
新 「地方議会の在り方を考える」
「2月学習計画のご案内(政治学級二十日クラブ)」
みやま市観光協会公式WEB
みやま日和(みやま市観光協会ブログ) クリックして見て下さい。
新 「みやま市「くすっぴー」がギネスに挑戦!」
「ツーリズムのプロから、みやまを見て頂きました。」
梅野家歴史資料館 みやま市瀬高町大草女山932
梅野家庭園 4月 5月 新緑 6月 11月 梅野家の紅葉 季節を楽しんで下さい。
西日本新聞フォートサービスで梅野家庭園の写真(4月28日撮影分)を販売しています。
青輝園 御座敷梅 ユリ展 季節を楽しんで下さい。
私の目標 今一番大事なことは絆 を育てること。