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千寿の楽しい歴史
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たかた広報で見る「思い出写真館」1・千寿の楽しい歴史
たかた広報で見る「思い出写真館」1

平成12年10月16日発行  第434号   ①森田茂さん提供(当時76歳・永治)

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昭和18年頃の山門炭坑(現在は岩津の高田中学校西側)の坑口前で撮影した写真です。写っているのは、会社社長以下幹部の皆さんです 

当時の日本はまだ戦争が続いており、この地区には良質な炭層があるということで、採炭のための準備が進められていました。しかし、この炭坑の側には水脈の存在という問題点があったのです。

水脈から坑内に流れ込む水には大変苦労されたそうです。排水処理に対応できず、結果として採炭は行わないまま、廃坑となったそうです。

昭和17年に入社した森田さんは、「現在の濃施新町には、三池製作所渡瀬工場がありました。今は面影がないですが、町内には炭坑や製作所で働かれる方の社宅がたくさん建っていましたね。」と懐かしく語っておられました。

平成12年11月15日発行  第435号   ②下村隆徳さん提供(当時76歳・渡瀬)

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昭和25年頃の渡瀬祗園祭の時に渡瀬北町の千柳組の仲間で集まって撮った写真です。

当時の渡瀬祗園は、北町と南町が花山笠、中町が大蛇山笠を作っていました。なかでも花山笠とは、造花の桜で華やかに飾られた山車に、三味線方、笛吹き、太鼓打ちが乗り込む担ぎ舞台のことです。

当時の祗園祭では、大蛇山が町を練り歩くほかに、大名行列が行われていて、10歳を迎える地区の長男が大名として選ばれ、50人を越える行列が「ハヨイヤーサーサ、ハヨイ」と掛け声勇ましく、また時には節おもしろく歌いながら練り歩いていたんですよ。

地域の皆は祗園祭を心待ちにしていましたね。また、こっけいな表情で写真に写っているのは、当時日本舞踊が流行っていたので化粧をしていたからでしょう。

平成12年12月15日発行  第436号   ③田中ヨシヱさん提供(濃施南)

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昭和25年頃の敬老会の時に、濃施南地区の婦人会のみんなで撮った記念写真です。

写真の後の建物は、三井三池製作所渡瀬工場(現在の高田町B&G海洋センター)にあった講堂です。この年の敬老会は(二川)小学校の改築工事のため、ここで開催することになりました。

敬老会では、年ごとに隣組で出し物をすることになっていて、百人を超えるお年寄りが集まる会場でソーラン節を披露しました。会場からは沢山の声援が送られ、気持ちよく踊ったことを覚えています。

戦後間もない混沌とした時期でしたから、庶民の娯楽といえば舞踊くらいしかなく、近くの若葉道場という剣道場に集まって、よく練習していましたね。昔の人たちが踊り好きなのはきっと、そのためかも知れませんね。

                          文章は、記事のままです。 続きます。








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by kusennjyu | 2013-02-08 08:22 | みやま市の歴史
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