たかた広報で見る「思い出写真館」6
平成14年6月17日発行 第454号 ⑯山下厚子さん提供(当時67歳・岩津)

写真左は、昭和23年頃に高田中学校2年生の時に英語劇で「ベニスの商人」を行った時に写したものです。英語の先生だった道園先生の指導のもと、みんなで協力して、立派に出来たと思います。
当時は、学校が出来たばかりで、山門炭鉱の講堂を仕切って教室代わりに使っていたので、教室の壁戸をはずして、何回も練習していたことを思い出します。
役は、どのようにして決まったか、セリフは全部言えたのか覚えていませんが、衣装は、友達の姉さんから借りて着ました。フリルのついた美しい衣装だったのでびっくりしました。
写真右は、高田中学校3年生の運動会で仮装行列をした時の一コマを写したものです。
テーマは、「社会の姿」で戦後のあまり物がない頃の様子を表そうとしたものだと思います。キャンデー屋をした友達は、売りに来ていた本物のキャンデー屋さんの自転車を借りて、実際に売り歩いたと言っていました。みんな喜んで買い、その場で食べていたことを思い出しました。今では、ありえない光景ですね。
2枚の写真は、私たちの青春の思い出がつまった宝物です。半世紀が過ぎ、月日の経つのは早いもので、あの頃のことが、走馬燈のように駆け巡り、懐かしさでいっぱいです。あの頃のみんなは、「今どうしておられるだろうか」安否を気遣いつつ、皆さんの幸せをお祈りいたします。
平成14年10月15日発行 第458号 ⑰山本一義さん提供(当時78歳・濃施北)
この写真は、昭和23年頃の濃施山熊野神社横で千灯明祭の時に行われていた演芸会の仮設舞台で開演前に撮影されたものです。
当時は、戦後間もない頃で衣・食・住はもちろん娯楽も未だ不自由な時代でしたから、自分たちでやってみようということで、高田村濃施青年団で「舞踊」や「芝居」をやるようになりました。
舞踊は、当時の歌謡曲から振付をして、芝居は時代劇でした。演劇の筋書きや演技は、近所に演劇が好きな知人がいて、その人が教えていました。練習は、1ケ月以上前から濃施公会堂で毎晩遅くまで楽しくやっていたのを覚えています。また、舞踊は、今福から来てもらった先生に習っていました。この頃は、各地で素人演芸会が盛んでした。
私は、当時の舞台に上がることはありませんでしたが、裏方として準備の段階から色々駆け回り、みんなで楽しくやっていたことを、この写真を見て、懐かしく思い出します。
平成14年11月14日発行 第459号 ⑱田中義一さん提供(当時78歳・渡瀬)
昭和3年11月10日に昭和天皇の即位の礼が、京都御所で行われ、当時、御所を取り巻く群衆は数十万人に達したと言われています。各地でも、昭和天皇のご即位を祝い、三味線・太鼓・仮装行列などの催しが行われたそうです。
この写真は、74年前のもので、細かいことは分かりませんが、渡瀬町の有志の方々が、七福神に仮装され、また、周囲の方々は揃いのハッピを着て、この御大典を記念してのお祭りが挙行された時に撮影されたもののようです。
私が子供の頃、渡瀬町の道幅は、現在の半分くらいでしたが、道の両側には多くの商店が軒を連ねており、特に年末年始の頃ともなれば、各店の前に「大売出し」ののぼり旗が立てられ、早朝から夜遅くまで、店先に電灯がつき、町は賑やかで活気がありました。今では当時の面影はほとんどありません。
この写真を見ると、当時の活気のあった頃の情景が脳裏に浮かび、昔の渡瀬町が懐かしく思い出されます。
ありがとうございました。終わります。
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