明治40年頃の渡瀬町
明治40年頃の渡瀬町 人家 135戸
1・公共施設 二川村役場・二川駐在所・公会堂・ポンプ格納庫・郵便局
2・寺院
地福寺 明和7(17770)年建立。現在は鐘楼だけが残る。廃寺。社会主義講演会を明治41年3月7日に開催した。
大師寺 不明
新興寺 嘉慶2(1387)年に山門郡大江村にあったが、寛文年間(1670年頃)領主立花公より現在地に寺地9畝を寄進され移転。
福正寺 享保年間(1716-1735年)に創建。
3・神社
八剣神社(祗園山車)
上の写真は昭和25年頃。 下の大名行列の写真は大正13年6月12日に撮影のもの。
天神堂・水天宮
キリスト教会 明治19年頃に仏国宣教師ソーレー来て説教を行う。
キリスト信者 松尾右左・小宮惣一・下村谷蔵・椛島シズ・佐々木ユキ・堺筑水など。松本次夫は伝道師になる。
4.宿屋 旅籠 大和屋・肥前屋・長洲(ながす)屋
商人宿 枡屋・松尾屋・永楽屋
木賃宿 永井ウメ(屋号なし)
山口磯右ヱ門(砂糖屋)が木賃宿もしていた。この建物が、昭和30年代に明徳旅館となる。
5・接客業 料亭・堺屋 鰻屋・素麺屋・広島屋?・一丸屋(飲食店)。
6・運送業 車力 6軒・人力車 3軒・馬車屋 1軒 合計 10件。明治24年に「渡瀬駅」が開業して、多くなりました。
7.サービス業 葬儀屋1軒・質屋2軒・精米所3軒・銭湯1軒・床屋3軒。風呂屋2軒・ミシン教習1軒・和裁教師1軒・電波治療1軒。
8・製造業 酒造 宮本酒造・南部酒造
味噌・醤油 南部忠文
畳屋1軒・紺屋4軒・渋屋1軒・ショウケ屋1軒・石塔屋。桶屋・鍛冶屋2軒
9・商業 問屋 馬問屋・煙草元売捌所・売薬・材木屋・砂糖屋。
10・商店 萬屋(南部忠文)他に精米所・馬車倉を経営する。
蝋屋・糸屋・油・玩具屋・薬屋・下駄屋2軒・呉服屋2軒。米屋2軒・蒟蒻屋・自転車屋・石炭たばこ屋・釣竿屋・豆腐屋。肥料屋・文具屋2軒・眼鏡屋・洋品屋・ランプ屋・ロウソク屋。
菓子屋16軒(飴屋・ウチキリ・おこし・せんべい・饅頭屋) 泉屋?南屋?
11職人 洗張り屋・植木屋・左官・指物屋・仕立て屋・大工・鍋釜修理。
12個人住宅 25軒
13学校の前身 明治6年(河野敬三郎方)で教授した。明治8年、渡瀬小学を福正寺に開校し、20余名が学ぶ。
渡瀬町だけで殆んどの職業があり生活ができたようです。
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