江浦町のお寺(光萬寺・仁業寺・江月庵) 「郷土江浦町」より。
1・光萬寺 真宗、大谷派、 本尊 阿弥陀如来 大永3年創建
由来
大永3(1523)年、本願寺より阿弥陀仏の繪像を受け創立。慶願和尚の開基である。当初は中牟田にあったが、元禄16(1703)年に江浦町に移る。
大友宗麟が九州に威を振るっていた頃、その輩下にある大谷刑部左衛門貞政と言う人が真宗の信者で宗麟の基督教信仰と主従相容れず、貞政は追放されて扶持三万石も没収された。
貞政は山門郡清水に着き一寺を建立して念仏に専念した。時に大永年間ある日、突然宗麟からの使者が来て豊後に帰国するように勧めたが、聞き入れる事なく一子神十郎を逃して割腹した。後年神十郎は慶安と称し父君の意思を継ぐ。
2、仁業寺 臨済宗、本尊 聖観世音菩薩 正保元(1644)年創建
豊後国玖珠城主小田大和守(大友の輩下)は筑前の国にて戦死、その孫大坪左近久一(市左衛門)は江浦町に住み、立花藩より里正を命ぜられた。
久一は祖父追悼のため正保元年九月堂宇を創建し、二尊寺中興の祖、乾明和尚を請うて開山した。(柳川藩史)
御堂には大木魚あり、「玉鱗工作」の銘あるも由緒不明。
本堂前に閻魔堂が在ったが破損のため閻魔像は本堂に併拝してある。
3、江月庵 (柳川郷土史研究会の一書より)
昔柳川藩に江月院という院があって、ここの尺八の譜は現在日本一の噂のある福岡一月寺の尺八教本である。
当時佐賀藩には江月院の下寺がなく、尺八修行のため、あらゆる階層の人が深編笠の虚無僧姿で江月院の古碑の前で尺八の修行に訪れていた。 たとえ柳川等の藩主・家老・目付と言えども寺に祀る時は虚無僧姿で参詣してあった。
4、少林寺 真宗大谷派、 本尊 阿弥陀如来 文久2年5月建立
由来 肥後の国、平寛造なる人薙髪なし。知成と号し、その養子了道は大谷本願寺二十一世巌如上人に帰依し僧となり、文久2(1862)年今福に一寺を建立せるも、慶応2(1866)年4月江浦町に移る。
終わり。
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